会社で~社内木鶏会のご紹介~ 社内木鶏会で、我が社はこう変わった
企業プロフィール
指宿海上ホテル株式会社
代表取締役社長 西浩二 様
社名/指宿海上ホテル株式会社
事業内容/ホテル旅館
砂蒸し温泉
創業/昭和38年
所在地/鹿児島県指宿市十二町3750
従業員数/28名
社員の強い絆を育んだ逆境下の社内木鶏会
航海士として過ごした青春時代
私は昭和30年に鹿児島県指宿に生まれました。令和7年で70歳になります。
母方の兄弟が外国航路の船員として働いていたこともあり、小さい頃から船への憧れを抱いていました。中学生の時には錦江湾(鹿児島湾)の喜入にできた日本石油備蓄基地に入る大型のタンカー船を、校舎の窓から飽きもせずに見ることが好きな少年で、「いつかあんな大きな船に乗って世界の国に行ってみたいな」と思うようになります。
そして、不思議とその夢が叶い、12年後の27歳の時に当時世界で5番目に大きかった42万トン級の大型タンカー船の航海士として、中東から原油を積んで、喜入に入港することになります。
第二の人生 ホテル業への転身
そんな私が航海士の仕事に別れを告げる出来事が起こります
当時、一緒に住んでいた明治生まれの80歳の叔母の認知症が酷くなり、私の留守中に2人の子供を抱える妻が一人では手に負えなくなったのです。田舎ではまだ認知症や介護者を受け入れてくれるような施設は全く整っていない時代でしたので、32歳の時に一大決心をして船を降りる決意をしたのでした。すぐに次の仕事を探すために履歴書を持って飛び込みの就職活動を始めましたが、世の中それほど甘いものではなく、ことごとく断られます。
ただ、私はその頃には『致知』の定期購読を始めていた時期であったおかげか、現在勤めているホテルについては、断られても根気強く毎週足を運び続け、1か月半後にホテル側が根負けしたのか見習いとして入れてもらうことができたのです。ホテルにおけるサービスの「サ」の字も知らないままに、無理を言って入れてもらったホテルでの仕事は、風呂掃除やトイレ掃除、宴会や会議場の設営など何でもありというものでした。
その後、フロント、営業、総務と部署が変わり、役職も課長、部長と経た末に、入社7年後の39歳の時にホテル支配人に就かせていただきました。
社内木鶏会導入による社内の変化
2008年53歳の時に
社長に就任し
その3年後の2011年に
社内木鶏会を導入しました
社内木鶏会は、2025年11月で160回目を迎えることができました。
導入に際しては迷いもありました。
ホテル業は24時間体制の勤務を組まなければならないため、
管理職の中には「実際に社員を集めて行う社内木鶏会は可能なのか?」という不安の声があったからです。
社内木鶏会の真価が問われた2020年
2020年にWHOはパンデミックを宣言しました
日本政府も「飲食は控えろ、県を跨ぐな」と発令したため、宿泊予約のキャンセルが相次ぐと同時に、新規予約の電話も激減してしまいました。毎月4000名分はあった宿泊客は1/10の400名にも満たない状況にまで落ち込みます。
ホテルを開けているだけ赤字の日々が続きました。仕方なく営業を止めたため、1ヶ月間売り上げゼロの月も発生。それまで経験したことのない状況を余儀なくされます。年間6.5億円あった売り上げは、コロナ禍に入って2年目には一気に1.8億円まで減少。「よく持ちこたえてるな」と思うこともしばしばでした。
こうした中にあっても、毎月1回の社内木鶏会については欠かすことなく、しかもリアルで開催し続け、社員も全員出席してくれました。
一筋の道を照らしてくれる拠り所となった社内木鶏会
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