西郷隆盛、吉田松陰に影響を与えた「言志四録」

「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め」

山田方谷、佐久間象山らの師であり、吉田松陰や勝海舟にも多大な影響を与えた幕末の儒者・佐藤一斎。
33歳にして昌平坂学問所の塾頭に抜擢された一斎が、42歳から82歳にかけてまとめ上げたのが、名語録「言志四録」です。

西郷隆盛も指針とし、多くの人が傾倒した「言志四録」の入門書となることを願って、35年以上本書に学び続ける渡邉五郎三郎氏が、日常の実践に役立つ366語を厳選。
分かりやすい解説を加えた『佐藤一斎一日一言』(2007年弊社刊)を、このほど『言志四録一日一言』として、装いを新たに復刻いたしました。

※本書は2007年に弊社より刊行した『佐藤一斎一日一言』を改題、新装したものです。

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収録されている名言

  • 私欲は有るべからず。公欲は無かるべからず。公欲無ければ、則ち人を恕(じょ)する能(あた)わず。私欲有れば、則ち物を仁(じん)する能わず。

    自分の利益ばかり追求する欲はあってはいけないが、公共の利益を追求する欲はなくてはいけない。公共心がなければ、他人を思いやることができない。利己心があれば、慈悲の心で他人に物を施ほどこすことができない。

  • 処し難き事に遇わば、妄動することを得ざれ。須らく幾(き)の至るを候いて之れに応ずべし。

    処置に困った出来事に遭遇したら、むやみに行動してはいけない。よい機会が到来するのを待って、これに対応するべきである。



  • 事に処し物に接して、此(こ)の心を錬磨すれば、人情事変も亦(また)一併に錬磨す。

    事を処理したり、物に接していくときに、自らの心を錬磨していけば、人の心や世の中の変化に向かう心構えも、また一緒に磨き上げていくことができる。

  • 心志を養うは、養の最なり。体軀(たいく)を養うは、養の中なり。口腹(こうふく)を養うは、養の下なり。

    心を養うことは養生の最上のものであり、体を養うのは養生の中位のものであり、口や腹を満たし養うのは養生の最も下に位くらいするものである。


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本文イメージ

主な内容

  • 凡(およ)そ事を作(な)すには、須(すべか)らく天に事(つか)うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。

    すべて事業を行うには、必ず天の意志に従う心を持つべきである。他人に誇示する気持ちがあってはいけない。

  • 面(おもて)は冷ならんことを欲し、背は煖(だん)ならんことを欲し、胸は虚(きょ)ならんことを欲し、腹は実(じつ)ならんことを欲す。

    頭が冷静であれば、判断に誤りがない。背中が暖かければ、人を感化し動かすことができる。心にわだかまりなく、さっぱりしていれば、人を寛大に受け入れることができる。腹が据わっていれば、何があっても動じることがない。



  • 著眼(ちゃくがん)高ければ、則(すなわ)ち理を見て岐(き)せず。

    目の着け所を高い所に置くならば、道理がみえて、迷うことがない。

  • 信、上下(しょうか)に孚(ふ)すれば、天下甚(はなは)だ処(しょ)し難(がた)き事無し。

    上の者にも下の者にも誠を尽くして厚く信頼されるならば、この世の中で難しいことはない。



・事業の心得
・自分に厳、他人に寛
・志を立てて求める
・少年と老人の心得
・好き嫌いの落とし穴
・交際の要諦
・君主の仕事
・重臣の二つの仕事
・人の上に立つ者の心得
・適材適所
・我が身に問え
・歴史を手本とする

・読書の方法
・人の見方
・克己の工夫
・君子と小人の分かれ道
・学問は人を変える
・禍は上より起こる
・長の学ぶべき三徳
・難問に対処する心構え
・歴史書の読み方
・学問は日常にあり
・邦を治める二つの道
……ほか


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佐藤一斎とは

江戸中・後期の儒学者。林家塾塾頭。のち昌平坂学問所教官。岩村藩(岐阜県)藩士佐藤信由と留の子として江戸の藩邸内で生まれた。早くから読書を好み、寛政3(1791)年20歳のときに致仕を願い出て許され、翌年大坂で中井竹山に学ぶ。5年には江戸に出て林錦峯(信敬)に入門したが、間もなく錦峯が死去。松平乗衡(名を衡に改む)が幕命により林家に養子に入り、師弟の関係になった。文化2(1805)年林家塾の塾頭となって全国の学界の頂点に立ち、多数の門弟を抱えるようになる。文政9(1826)年岩村藩から老臣の列に加えられ、政治に参与。天保12(1841)年一旦隠居したが、幕府から学問所教授(御儒者)に抜擢され、没するまで在職した。一斎の思想は「言志四録」に最もよく表れている。

監修者プロフィール

渡邉五郎三郎(わたなべ・ごろうさぶろう)

大正8年福岡県生まれ。昭和11年旧制中学明善校を卒業し、南満工専技養・機械科卒業後、満鉄・鉄道技術研究所に入所する。26年参議院議員秘書、41年国務大臣行政管理庁長官秘書官、51年福島県知事政務秘書。平成2年から政策提言集団・福島新樹会代表幹事を務める。

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