横田南嶺

臨済宗円覚寺派管長

よこた・なんれい
昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。
著書に『人生を照らす禅の言葉』『禅が教える人生の大道』『命ある限り歩き続ける』(五木寛之氏との共著)『十牛図に学ぶ』(いずれも致知出版社)など多数。

「禅語に学ぶ」とは……

臨済宗円覚寺派大本山円覚寺。
730余年の歴史を有する鎌倉の名刹です。
本連載では、若くして管長を務める横田南嶺老大師に、20代から打ち込んできた修行体験や先師からの学びを交え、奥深い「禅語」の世界を毎月紐解いていただきます。
その一言一句が、この混迷の世に与えられた命を精いっぱい輝かせて生きるヒントとなるでしょう。

これまでこんな禅語を紹介してきました

  • 2014年6月号 第1回

  • 2019年5月号 第55回

  • 【歩歩是道場】(ほほこれどうじょう)

    一歩一歩の歩みこそが、人生の道場。高い目標を掲げることは当然大切だが、頭で頂上ばかりを見ていては、姿勢が崩れ足もとが疎かになる。大事なのは、一歩一歩の歩みだ。足の裏でしっかりと大地を踏みしめていることを感じて、一歩一歩歩んでいこう。その歩みこそが、お互いを鍛えてくれる人生の道場なのだ。

  • 【主人公】(しゅじんこう)

    自分が主語の人生を生きる。「主人公」とは、本来もって生まれた心であり、お釈迦様の説かれた「仏心」にほかならない。自らが主人公になるといっても、決してわがままになることではない。本来の慈悲の心に目覚めて、敬愛和楽の暮らしを実践してゆくことである。それには、静かに坐って腰骨を立てて「主人公」と自らに呼びかけてみることだ。

  • 【日日是好日】(にちにちこれこうじつ)

    感謝して生きる。どの日もどの日も、よい日であるといっても、よい日とは決して自分にとって都合のよい日という意味ではない。もう二度と来ることはない、かけがえのない一日である。お互いに、かけがえのないいのちをいただいて、多くの出会いに恵まれて、毎日生かされている。この事の貴さに気がつき感謝して生きる日日こそ、まさに「日日是好日」である。

  • 【無功徳】(むくどく)

    自らを益するのが功徳、他を益するのが利益。今この世に生まれて、生きていられるということは、不思議なこと、有り難いこと、賜ったいのちなのだと真摯に受け止めて、自分の都合ばかり考えずにこのいのちを何かのお役に立つようにつとめようと願いたい。誰かのお役に立ってこそ、初めて本当のご利益であり、真の功徳でもあろう。

  • 【父母即恩】(ふぼそくおん)

    何が親の恩に報いる道なのか。父母の恩は、厚い薄い問わない。父母のおかげで今の自分がいるので、父母が即ち恩である。親の恩に報いるには、何の世界においても、その分野で力を発揮して立派な人となることであろう。会社であれば、人から頼りとされる社会人になることにほかなるまい。

  • 【一日不作一日不食】(いちじつなさざればいちじつくらわず)

    今日一日を大切に生きる。この言葉は決して「働かない者は食うべからず」と人に強制するものではない。大切なのは、自らが務めを作さなければ申し訳ないという気持ちなのだ。長い一生と思っていては、一日一日が疎かになりかねない。作すべきことを心を込めて作してゆく、疎かに過ごしていないかを自ら反省する。この言葉を自己の戒めとしたい。

  • 【本来面目】(ほんらいのめんぼく)

    座禅をすると、感情に揺れているその心の奥に、いつも静かな心、もう一人の自分がいると気がつくことができる。それが父と母から授かったいのちである。銘々の心の奥にはそんなすばらしい宝がある。生まれながらに持っている誰にも奪われることのない宝である。それこそ「本来の面目」に他ならない。

  • 【法遠不去】(ほうおんさらず)

    あきらめない、やめない、ここを去らない。世の中を生きてゆくには、道理にかなうことばかりではない。「なぜ、こんな目に遭うのか」と悲憤慷慨することもある。しかし、人間の真価が問われるのは、むしろそんな時であろう。去る時の弁解はいくらでもできる。しかし、一言も発せずして黙して忍ぶことの貴さを知らねばならない。法遠という僧は、あらゆる苦に耐え師のもとを去らなかった。

横田管長から『致知』へ推薦のお言葉

『致知』のおかげで、森信三先生の全一学を学ぶことができた。
『致知』のおかげで、安岡正篤先生の教えを一層深く学ぶことができた。
『致知』のおかげで、平澤興先生の思想に触れることができた。
『致知』のおかげで、真民詩を学び直し、真民詩百選を出すことができた。
『致知』のおかげで、渡部昇一先生の謦咳に親しく接し、その大きな人格に触れることができた。
『致知』のおかげで、鍵山秀三郎先生にめぐりあい、多くの教えをいただくことができた。
『致知』のおかげで、村上和雄先生や鈴木秀子先生など、すばらしい先生方にめぐり合うことができた。『致知』のおかげで、いろんな所で講演させていただき、それぞれの持ち場でこつこつ努力を惜しまない人達に出会うことができた。
『致知』のおかげで、この世界にはすばらしい方々がたくさんいらっしゃることに気づくことができた。『致知』のおかげは、はかりしれない。

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