目標を達成するためには、障害となる様々な欲望を抑えて自己を律し、しかもそれを継続させて実力を貯め込むことを説いた
新渡戸稲造

他を頼るのではなく、自らの知恵と工夫、そして行動力を発揮する者のみに成功が訪れることを、多くの事例をもとに示唆した
サミュエル・スマイルズ

人間を医学的見地から総合的に解明しながらも、未だに解明できない領域が山のようにあり、しかも肉体を超えた精神の世界が存在することを示すことによって、人間の大きな可能性まで言及した
アレキス・カレル

「面白くなければ絶対に感化力は人々に及ばない」と、誰もが親しみの持てる物語に、人間の勇気や優しさを込めた本を発行し続けた
野間清治

そして先知先哲の生き方をお手本に知的な生き方を追求し続け、なおかつ自己を磨き続けた「知の巨人」
渡部昇一

人間力を高めるための珠玉の修養法がぎっしりと詰まっているCD全5巻セット、それが「渡部昇一講演録 修養1」です。


第1巻 新渡戸稲造の「修養」に学ぶ

・カーライルの影響
・新渡戸稲造の自己修養法
・徳川家康の教訓
・明治維新に見る富の法則
・健康の貯蓄
・知識の貯蓄

「修養した、しないというのは、何か起こった時にしかわからない。
 修養では、あっ、ここだなというところが重要なのだ」


第2巻 スマイルズの『自助論』に学ぶ

・スマイルズとナポレオン戦争
・社会主義と自助論
・ダーウィンの進化論『種の起源』
・ソ連崩壊
・国家繁栄の条件
・自助論の時代

「一国が栄えるか栄えないかは、
 セルフ・ヘルプの人の数に応ずる」


第3巻 A・カレル『人間この未知なるもの』に学ぶ

・断食の体験
・人類の進歩と退化
・適応能力は意志の力
・奇跡ー個人を超越した精神
・生物の進化と脳
・霊魂と医学

「適応能力は鍛えなければだめだ。
 生物の価値は適応能力の高さにある。
 人間が自分で適応能力を高めるためには、
 意志の力が必要だ」


第4巻 野間清治に学ぶ「己を修める生き方」

・「修養」は身分制度からの解放
・野間清治の半生
・「講談」人情と道徳
・「心学」心を高め磨く
・講談社の雑誌
・野間清治と講談社の影響

「一人の立派な人の存在は。
 一店一社を向上させ、発展させ、
 立派にする原動力である」


第5巻 私の自己修養法

・私の少年時代
・私の恩師
・私の蓄財法
・私の人生観
・政治、経済観
・影響を受けた人

「どんな不幸でも、不幸だと思う前に、
 もっといい幸せが来るために
 今の不幸があるのだと思いなさい」


渡部昇一先生の本CDに関する「こぼれ話」

いい話というものは自分が意識しないでも影響を受けることがあるものである。最近も自分でもびっくりすることがあった。
昭和24(1949)年に私は大学に入って上京したが、当時の東京の食糧状況は緊迫していた。大学の寮の夕食に、御飯がまったくなくて、サツマ芋が3本ほどと福神漬だけのこともあったくらいである。
私は田舎町の出身である上に、両親の実家が農家であったから、家にいる時は食い物にはあまり不自由しなかった。牛肉のような贅沢品は不自由だったかもしれないが、私の家は一切肉を食べない習慣だったから痛痒を感じない。東京の食糧事情が厳しいことだけはニュースなどでよく知っていた。

講談社の雑誌『キング』

それで私が上京することになった時、家族は私の食事のことを心配した。家族の誰かの配給米の分を外食券にして持たしてくれたが、家族みんなの心配は私が東京で栄養失調にでもなり、それがもとで肺病になったら大変だということであった。そこで私は東京から毎日の日記を送ることにした。
大学の授業の話などは関係ないので、もっぱら3度の食事に何を食べたかを書くような簡単なものである。それを何日かまとめて送ったのである。

同じようなことをアメリカで客員教授をしていたころに家内に送った。当時は今のように国際電話は普通でなかったし、もちろんインターネットもなかったからである。このように家を長く離れている時に、心配する家族に日記を送るのは私自身のアイデアと思っていたが、最近になって、それが子供のころに読んでいた話のためだったことに偶然気がついたのである。
それは昭和14(1939)年の『キング』という講談社の雑誌の新年号の附録の小冊子「考えよ! そして偉くなれ」の中にあった話を私が読んでいたためであったのだ。その話はチェロの巨匠カザルスの青年時代の話である。

いい話は少年・少女には威力を発揮する

カザルスはスペインからパリに音楽修業に出た。ホテルで弾かしてもらったり、公園で弾いたりして生活費の足しにしなければならない貧乏生活であった。郷里では苦労性の母親が息子はパリでどんな生活をしているのか心配しているに違いない。それで手紙の代わりに日記を書き、10日分とか半月分とかまとめて送っていたのであった。この話を私が読んだのは小学校3年生か4年生の時に違いない。

チェロという楽器は見たこともなかったし聞いたこともなく、いわんやカザルスなどについては何も知らなかった。しかし頭の中のどこかに、「長く家を留守する時は、家族に心配させないために日記を送ればよい」ということがひっかかっていたのであろう。カザルスの話などすっかり忘れてしまった後で大学のため上京した時も、また1年ばかりアメリカに行くことになった時も、日記を送るということをやっていたのである。いい話というのは少年・少女には威力を発揮するのではないだろうか。
いな、少年少女でなくてもいい話は成人にも何かの影響を与えるに違いない。考えてみるとき私の今日あるのも本を読んで、そこから大切な教訓を得たためである。

受けた恩恵を返す

そういう実感を抱いていたため、致知出版社の藤尾秀昭社長から、人間学、つまり修養に資するような人の話の連続講義をやってみないかというお誘いを受けた時、喜んでお引き受けしたのであった。ここで取りあげた人々は、すべて私が恩書と言って者もよい本の著者であり、私の受けた恩恵はすこぶる大きい。

私の受けた恩恵を少しでも分けてお上げすることができれば幸甚である。ただ最終章の私に関することは藤尾社長のおすすめでくっつけたものであり、お恥ずかしいものであるが、私が恩書から受けた恩恵の跡を少しでも認めていただければ嬉しい。


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