京都大学元総長・平澤興が一生で最も力を注いだこと

脳神経解剖学者として世界的な業績を残し、研究の道一筋に生きた京都大学16代総長・平澤興(こう)氏。その旺盛な知的好奇心は、人間探究の試み、専門の脳神経解剖学に留まらずあらゆる分野に及びました。平澤氏の4男5女の9人きょうだいの中で、4男末子として生まれた平澤裕(ゆたか)さんに、ご尊父との思い出、そして心に残る珠玉の言葉を紹介していただきました。

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自分との約束を守る

〈平澤〉
私の父・興は明治33(1900)年、新潟県西蒲原郡に平澤家の六男として生まれています。土木技師だった父親は小学校3年生になる興に対して、ここは辺鄙(へんぴ)な無医村だから将来医者になって村のために尽くしなさいと言い、興自身もその時に開業医になる志を立てました。

京都に単身赴任していた父親に呼び寄せられ、11歳で単身京都に向かうと、一層勉学に励みます。京都二中で特待生に選ばれ、金沢の第四高等学校を首席で卒業し、京都大学医学部に進学するんです。

入学に際して、これからは受け身の勉強ではなく、本当の勉強をしようと覚悟し、講義を聴く、先生が推薦する原書の参考書を読む、それらを復習し自分の考えも加えたノートをまとめる、この3つを自らに課すことを決めました。

しかし、実際に大学が始まると、朝8時から夜6時まで授業が入っていることもあり、講義をまとめるだけで精いっぱい。とても原書の参考書を読む時間がありません。自分との約束を果たせず、不眠症になり、1か月ほどでノイローゼに陥ってしまうんです。

大学をやめようか、ついでにこの世にもご免をこうむろうかとまで思い詰めるほど、絶望の淵に立たされ、入学から2か月後の11月、新潟に帰省しました。

雪の降る野道を毎日ふらふらと彷徨っていると、ある時、どこからともなくベートーヴェンの声が聴こえてくるんです、ドイツ語で。

「勇気を出せ。たとえ肉体にいかなる弱点があろうとも、我が魂はこれに打ち勝たねばならぬ。25歳、そうだ、もう25歳になったのだ。今年こそ男一人、本物になる覚悟をせねばならぬ」

難聴に悶え苦しみ、命を断とうとしたベートーヴェンが自らに叫んだこの言葉に奮い立ち、生きる力を取り戻しました。

そして、年が明けて大正10(1921)年の元旦、朝2時に起床して水をかぶり、天地神明を拝して座右の銘を墨書するんです。20歳の時です。

「常に人たることを忘るること勿(なか)れ。他の凡俗(ぼんぞく)に倣(なら)ふの要なし。人格をはなれて人なし。ただ人格のみ永久の生命を有す。
 常に高く、遠き処(ところ)に着目せよ。汝(なんじ)若(も)し常に小なる自己一身の利害目前の小成にのみ心を用ゐなば、必ずや困難失敗にあひて失望することあらん。
 然(しか)れども汝もし常に真によく真理を愛し、学界進歩のため、人類幸福のため、全く小我をすててあくまで奮闘し努力するの勇を有(ゆう)さば、如何(いか)なる困難も、如何なる窮乏も、汝をして失望せしむるが如(ごと)きことなからん。
 真の大事、真に生命ある事業は、ここに至ってはじめて正しき出発点を見出したりといふべし。
 進むべき/道は一筋/世のために/いそぐべからず/誤魔化(ごまか)すべからず」

それからは、講義はどうしても出なければならないものだけ出席し、試験までの半年間、3000ページほどある原書を徹底的に読もうと計画を立て直すんです。

自分の実力だと1時間に何ページ読めるかを計算した上で、なおかつ病気になったり急用が入ったりする場合も考慮し、1か月を25日と見立てて予定を立てる。

その代わり、毎朝2時から夜9~10時までは一心不乱、無我夢中に打ち込む。その日やると決めた分が済むまでは寝ない。こういう自分との約束を守り続け、大学時代の4年間を過ごしました。

人生は必ずなるようになる

〈平澤〉
私が父の言葉で心に残っているものをまず挙げると、『平澤興一日一言』(致知出版社)の5月15日の言葉です。

「私が私の一生で最も力を注いだのは、何としても自分との約束だけは守るということでした。みずからとの約束を守り、己を欺かなければ、人生は必ずなるようになると信じて疑いませぬ」

たとえ自分でこうしようと決めたことを守らなかったとしても、他人には分かりません。咎(とが)められることもなければ、信頼を失うこともありません。しかし、他人が見ていなくても天は見ていますし、何より自分自身がそれを見ている。

自分との約束を破る人は自分に負けている人であって、それでは成長は止まってしまうということでしょうね。ただ、単純なようで、これを徹底して実践するのはなかなか難しいものです。

次に1月31日の言葉。

「人は単に年をとるだけではいけない。どこまでも成長しなければならぬ」

私も75歳になって、気持ちが枯れそうになることもありますけど、年を取っても自分に負けてはいけない。いつまで経っても燃えて生きなければならない。そう喝を入れてもらっているんですよ。

それと、最後は9月24日に載っている次の言葉です。

「自分の力で生きているなどと、おこがましいことを考えません。毎朝、目をさましたとき生きていることの不思議さを感じ、それを喜ぶのです」

私は十数年前、父と同じで大腸がんの手術をしたんですね。そういうこともあり、この年になってつくづく思うのは、当たり前というのは実は大変ありがたいことなんだと。

たくさんの目に見えないものの働きのおかげで命がある。そういう生きる喜びと感謝を深いところで感じ、日々を営んでいくことが大切だと思っています。


(本記事は月刊『致知』2018年6月号 特集「父と子」より鼎談記事の一部を抜粋・再編集したものです)

◇平澤 裕(ひらさわ・ゆたか)
昭和17年新潟県生まれ。4男5女の9人きょうだいの4男末子。4歳の時、父・平澤興の京都大学赴任に伴い、家族と共に京都へ移住する。40年同志社大学卒業後、東京の会社に勤務。アルパインツアーサービス取締役、京都国際文化専門学校理事を経て、現在に至る。

◉本記事で紹介した平澤興氏の歩みはまさに誠実、誠を貫いた生き方ではなかったでしょうか。2022年1号目の『致知』の特集テーマは「人生、一誠(いっせい)に帰す」。誠は扇の要、と言うように、誠実に仕事をする、誠実に生きることでよき人生を歩むことができる――今号ではそんな生き方を実践されている方々にお話を伺ってきました。

平澤興氏が繰り広げる、幻の人間学講話が音声で甦る!!

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