渡部昇一がヒルティに学んだ心をコントロールする方法——40年の時を超えて

専門の英語学のみならず、政治、経済、外交など、あらゆる分野で鋭い評論活動を展開した渡部昇一先生。多くの人の指針となる教えを遺した「知の巨人」がこの世を去って4年が経ちました。故人の変わらぬご冥福をお祈りし、渡部先生に初めて本誌『致知』へ登場いただいた1981年7月号の貴重なインタビューをお届けします。スイスの哲学者・ヒルティに学んだという、自分の心をコントロールする方法。そこには、86年の生涯を自己研鑽・自己修養に当てた人ならではの教えが散りばめられています。

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自分の意志の範囲を見極める

〈渡部〉
ヒルティ(スイスの哲学者)がエピクテートスを訳しているんです。エピクテートスは有名なストイックな哲学者です。そのエピクテートスを訳したヒルティの前書きがいいんだ。

ヒルティというのは非常に熱心なキリスト教信者なんですが、彼はその文章の中で、キリスト教の教えは非常に高い教えだから、本当にわかるためにはある程度、人生の苦難をなめたりしなきゃならん。だからこれからという若い人が宗教的な悟りを開いちゃうのは考えもんだといっている。

本当の人生の困難に会ったときに、昔、どこかでこんな教えを読んだことがあったというんで、かえってね、宗教に感激する心がなくなることもある。それで、むしろ、青年には自分はエピクテートスのような生き方を教えたいといって、わざわざ、訳しているわけです。

生前、蔵書の並ぶ書棚の前にて

エピクテートスの哲学というのは、一種の“悟り”の哲学です。

どういうことかというと、自分の置かれた環境の中で、自分の意志で自由にならない範囲をしっかりと見極めるということです。自分の意志の範囲にあるかどうか。そこにすべてが、かかっているということです。

ただ、それがはっきりとわからないとだめです。はっきりわかると、自分の意志の範囲の中にあるものは、自分が考えて最善の手を打つ。

打ちたくなければ打たなくてもいいが、すべては自分の意志の範囲にないもの、これはあきらめる。こういうものに対しては、絶対に心を動かさないということです。

外界のもの、地震とか天災とかは自分の意志の範囲にない。友人や世の中の人が自分をどう思うかも、自分の自由にはならない。

こういう自由にならないものに、自由にならないといって、腹を立て、心の平静を失うのは愚かだということです。こういう物に対しては絶対に自分の心を騒がせない。

例えば、ぼくが30年前に上智大学を一流大学と思ってもらいたい、やってることはいいんだからといったって他の人は認めないものはどうしようもない。これは意志の範囲にはないんです。

ところが、教えられていることはついていくのが苦しいくらい高級なものをびしびしやっている。すると、これを十分に消化するために毎朝、5時に起きて朝めしまで2時間勉強することから始めようというのは、それをやるかどうかはまったく、これは自分の意志の範囲です。

意志の範囲にあることはいいわけをしないで、自分でやる。で、意志の範囲にないことは問題にもしない。心を動かさない。まぁ、こういうのが、ヒルティから学んだことの一つでしょうね。


(本記事は月刊『致知』1981年7月号 特集「飴と鞭」にて、渡部氏が本誌初登場を飾ったインタビュー「体験的『飴と鞭』論 ヒルティに学んだ心術が支えとなった」より一部を抜粋・編集したものです)


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◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
昭和5年、山形県生まれ。上智大学大学院修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。Dr.phil.(1958)、Dr.phil.h.c.(1994)。上智大学教授を経て、同大学名誉教授。その間、フルブライト教授としてアメリカの4州6大学で講義。専門の英語学だけでなく、歴史、哲学、人生論など、幅広く執筆。51年第24回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。60年第1回正論大賞受賞。平成29年4月逝去。享年86。著書(共著を含む)に渡部昇一の少年日本史』『[新装版]貞観政要』『渋沢栄一「論語と算盤」が教える人生繁栄の道』『渋沢栄一男の器量を磨く生き方』『人生を創る言葉(いずれも致知出版社)など多数。

◉各界著名人から、渡部昇一先生への追悼メッセージ◉

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