その時その時、一生懸命に愛する——。瀬戸内寂聴に学ぶ「一期一会」の生き方

『夏の終り』や現代語訳『源氏物語』などを著した作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん。その一生を貫いた人生哲学とはいったいどんなものだったのでしょうか。『致知』1989年10月号特集「旅と人生」に掲載された記事をご紹介します。

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一期一会

人を愛することは本当に喜びだけど、喜びの何倍か苦しみですものね。その意味では、いまが一番自由。自分の心から解き放たれたって感じで。私は出家してから一瞬も、後悔したことはないです。しまったと思ったことない。他のことじゃ、年がら年中、しまったと思うことはありますが、出家したことに対しては一度もない。これは本当に有り難いことですね。

出家したって、腹の立つことも不合理なことも起こります。そのときに、昔だったら、いちいち、カーッとしてた。いまはね「これは仏がいま、私にこういうふうにする方がいいと思うから与えてくれてるんだ」というふうに思えるんです。そうすると楽ですよ、とても。以前は自分の力を信じてきましたから、小説家になれたのも、私に才能があったからだとか、努力したからだ、運があるんだとか、自分というものに対して、非常に自信を持ってました。だけど、そんなものは何もないんでね。結局、それはみなさまに、そういうふうにさしてもらったんだって思えるようになった。いま、とても不景気なのに私の本が売れるのも、それは私の力じゃなく、そういうふうにしてくれるんだって思えます。

だから、私は小説を書いていますが、もし、それがいけないなら、私がジタバタしないでも、仏、もしくは超越者が私の頭を破壊するとか、腕を折るとか、自然に向こうからしてくれると思うんです。だから、ちっともジタバタしない。私は今東光先生とのご縁で天台宗に入ったのですが、今先生をすごい人だなと思ったのは晩年、ガンだと自覚してからも立派でしてね。ちっともあわてなかったです。「自分のおいしいところを食べて太りやがったんだから、手術したガンを持ってこい。焼鳥にして食ってやる」って、冗談をいって。我々仏教者は生死を見極めるというのが根源なんですが、今先生は本当に生死を見極めていたと思います。

一期一会という言葉がありますが、私は日常、そう思っていますよ。例えば、きょう、私たちがそれこそなんの因縁だか、お会いしましたでしょ。だけどこれで別れた後、どうなるかわからないでしょ。だから、私たちは会って別れた瞬間、それは永別だと思うのです。間違いないんです。だけど誰もそう思わないのね。私は講演に行くと、よく奥さんたちに「亭主が会社に行くときに帰ってくると思うな」というんですよ。そう思うと、行ってらっしゃいって言葉が違うっていうんですよ。必ず帰ってくると思うから、疎かにするんで、もう会えないんじゃないかと思えば、その時その時、一生懸命に愛しますよ。そうでしょ。そういうふうに考えてほしいって、講演するんです。


(本記事は月刊『致知』1989年10月号 対談「人生は死への旅、だが、甘美な旅である」より一部を抜粋したものです)

瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)
僧侶、作家。1922年生まれ、徳島県出身。1957年、作家デビュー。73年、平泉中尊寺で得度、法名寂聴となる。87年、天台寺の住職に就く。05年6月、住職を引退。06年、『文化勲章』受章。21年11月、死去(享年99)。

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