20年以上の介護体験、認知症でも消せないもの——藤川幸之助 詩集『支える側が 支えられ 生かされていく』より

詩人を目指して努力していた26歳の時、母親がアルツハイマー型認知症に。父の死後、その遺言によって母の介護を本格的に始めることなった藤川幸之助さんは、24年間に及ぶ壮絶な介護体験をもとに、命や認知症を題材にした作品を発表してきました。その体験談や詩作は、近年、NHK Eテレ『ハートネットTV選』、『朝日新聞』天声人語欄にて紹介されるなど、大きな反響と感動を読んでいます。藤川さん初の自選詩集『支える側が 支えられ 生かされていく』(致知出版社刊)より、感動の詩作品をご紹介いたします。

★感動の声が続々。藤川幸之助氏、初の自選詩集「支える側が支えられ 生かされていく」(致知出版社刊)の詳細・ご購入はこちら 

 

詩「キューピー」

母はキューピー人形を大切に抱え

やさしくあやしていた

恥ずかしいからやめろと

私が人形を取り上げようとすると

母は決して渡そうとしなかった

 

取り上げようとした

キューピー人形は幼い私

母は私を抱きかかえて

頭をやさしくなでて

乳をやろうとしていた

畳の上に大切において

大まじめでオムツを替えようとしていた

 

キューピーちゃんは

パッチリと目を開けて

母の愛を見つめたままだった

母さん!今は

その子が母さんの

オムツを替えているんだよ

 

認知症の人が昔に返るとき

一番充実した日や

一番楽しかった日に返ると聞いた

私もさながらキューピーのように

パッチリと目を開け母を見つめ

愛された日々を思い起こす

詩「あなたは歩き続ける」

「お迎えがきたので帰ります」

夕刻になると

あなたは歩き出す

この世界の決まり事なんか

あなたには何にも関係なくて

あなたの行き着く場所なんか

この世界のどこにもなくて

 

あなたは歩く

飛ぶことを飛んでいる鳥のように

泳ぐことを泳いでいる魚のように

あなたは歩くことを歩く

あなたの歩く姿が

ふと美しく見えるときがある

 

あなたは歩き続ける

どこへ?

人生で一番楽しかったあの時間へ

あなたが生まれたあの家へ

愛する人と結ばれたあの場所へ

幼い頃泳いだあの海へ

笑い声が飛び交ったあのちゃぶ台へ

肩を組みあったあの職場へ

 

私があなたと歩きましょう

あなたが向かっている故郷の話をしながら

私があなたと歩きましょう

あなたの歌ったあの歌を一緒に歌いながら

不安なときは

私の手を握ってください

悲しいときは

愛する人の名前で私を呼んでください

疲れたときは

私と一緒に帰りましょう

あなたが帰るべき場所へ

そして、また明日

あなたの思い出の中を

一緒に歩きましょう

 

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詩「扉」

すっかり私のことなんて

忘れているかもしれない。

母に会うのは久しぶりだった。

老人ホームに行った。

 

認知症の高齢者の中で

静かに座って私を見つめる母が

涙の向こう側にぼんやり見えた。

私が帰ろうとすると

何も分かるはずもない母が

私の手をぎゅっとつかんだ。

そしてどこまでもどこまでも

私の後をついてきた。

 

           *

 

私がホームから帰ってしまうと

私が出ていった重い扉の前に

母はぴったりとくっついて

ずっとその扉を見つめているんだと聞いた。

 

それでも

母をホームに入れたまま

私は帰る。

母にとっては重い重い扉を

私はひょいと開けて

また今日も帰る。

 

詩「ただ月のように」

ただ月のように

認知症の母の傍らに静かに佇む

何かをしているように

何にもしていないように

見つめているようで

見つめられているようで

 

ただ月のように

母の心に静かに耳を澄ます

聞いているように

聞かれているように

役に立っているようで

役に立っていないようで

 

ただ月のように

母の命を静かに受け止める

受け入れるように

受け入れられているように

愛しているようで

愛されているようで

 

ただ月のように

ただそれだけでいい

何かをするということではない

何かをしないということでもない

することとしないことの

ちょうど真ん中で

することとされることが交叉する

ただ月のように

ただそれだけでいい

(本記事は藤川幸之助著『支える側が 支えられ 生かされていく』から一部抜粋・編集したものです)

◇藤川幸之助(ふじかわ・こうのすけ)

昭和37年熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に入る。認知症の母親に寄り添いながら命や認知症を題材にした作品をつくり続ける。また、認知症への理解を深めるため全国での講演活動にも取り組んでいる。『満月の夜、母を施設に置いて』『徘徊と笑うなかれ』(共に中央法規)、『マザー』『ライスカレーと母と海』(共にポプラ社)、『支える側が支えられ 生かされていく』(致知出版社)『赤ちゃん キューちゃん (絵本こどもに伝える認知症) 』(クリエイツかもがわ)など著書多数。

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