「ママ、死にたいなら死んでもいいよ」と母に言った日——岸田ひろ実×岸田奈美

知的障碍のある長男の誕生、ご主人の突然死、ご自身の発病……。1人の主婦だった岸田ひろ実さんの人生にはいろいろな苦しく悲しい出来事がありました。そのひろ実さんを陰で支え続けたのが長女の奈美さんです。お2人にこれまでの人生や、母親、娘として大切にしてきたことなどについて語り合っていただきました。

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歩みを止めなかったから 生きてこられた

(2017年、弊社から刊行した岸田ひろ実さんの『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』は大きな反響を呼びましたが、きょうは長女の奈美さんと一緒にぜひこれまでの人生を振り返っていただきたいと思っています。)

(ひろ実)
こうして2人で改まって対談するというのも、どこか照れくさいものですけど(笑)、何といっても私をこれまでずっと支えてくれたのが奈美なんですね。私と奈美はプライベート以外でも長年ミライロという会社で同じ社員として歩いてきていて、実はこの本も私の口述を奈美がまとめてくれたものです。

読んでいただいた方はご存じかと思いますが、私は27歳で知的障碍のある良太(奈美さんの弟さん)を出産し、37歳の時に主人を突然の心筋梗塞で失い、さらに40歳の時には大動脈解離で車椅子生活になりました。奈美はそんな私の傍にいて、いつも力を与えてくれたんです。

(奈美)
頑張ってやってきたよね。

(ひろ実)
いろいろな人から「よく乗り越えてこられましたね」と言われることもあるんですけど、私たちが抱いている感覚は、乗り越えてきたというのとは少し違うように思うんです。

(奈美)
そう。乗り越えたというと、山を越えていくイメージがありますよね。でも、私たちの前にやってきたのは山ではなく谷でした。沈みきったところから一歩一歩這うように歩き続けていたら、いつの間にかなだらかな上り坂になっていたというか。

(ひろ実)
本当にドーンとどん底まで落ちていって、でも歩みを止めなかったからここまで来ることができた、いろいろな人に導いていただいたという感じですね。だから、「死ぬ」ということをしなかったらいい。生きることだけを考えていたら、頑張って這い上がろうとしなくても、会うべき人に会えていろいろな機会を与えていただくことができる、そうして自然に道ができていくって、いまでは心からそう思えるんです。

(奈美)
私も母の言う通りだと思っています。嬉しさも苦しみも悲しみも、どんな感情もそうだと思うんですけど、時間と共に薄れていくものですよね。苦しかったことも、傷ついたことも、死なずにとりあえず生きてさえいれば絶対に薄れていく。もちろん「あの時、父が死んでしまったからこうなった」とか、嘆き続けて生きることもできたとは思うんですけど、私たちは「どうしようもないことを、いつまでも悔やんでいても仕方がない」と受け入れられるようになった。そのきっかけをつくってくれたのは良太かもしれないですね。

(ひろ実)
我が子に障碍があると最初に聞いた時は本当に絶望して、「これからどうやって生きていったらいいのか」と悩みました。最初はどん底だったんですけど、そのうちに「絶望と思っていたのは単なる思い込みで、いつの頃からか物事はいい方向に進んでいる」と思えるようになりました。私はそれを「想像上の絶望」と本に書きましたが、絶望を勝手に頭の中で大きく膨らませていたことに気づいたんですね。

(奈美)
そういう意味では我が家はとても運がいいんです。お金はないけど、お金に困ったことはたまたまなかったし、お祖母ちゃんなど助けてくれる人たちが周りにいてくれたり、「死なない」という選択をしたら運よくいろいろな人と出会えたり……。

(――そういう中で道がひらけていったのですね。)

(ひろ実)
私はセラピーの仕事もしているんですけど、いま苦しみの真っ只中にいる人に「時間が解決するから」という言葉は使ってはいけないという考えがあるんです。でも、私自身はそのことはあまり意識していなくて、タイミングさえ間違えなければ、的確なアドバイスになると思っています。

(奈美)
第一、どんなに辛いことがあっても、永遠に泣き続けることなんて不可能ですし、一週間前、一か月前、一年前どうだったかって振り返っていくと、「あの時はこんなに大変だったのに、いまここまで来ることができた」と誰もが感じられるはずだから。

ママは2億%大丈夫

(ひろ実)
入院していた時、奈美は落ち込む私を見かねて神戸市三宮の繁華街に連れ出してくれたことがあったんですね。慣れない手つきで車椅子を操作してくれ、私も胸を弾ませながら街に出たのですが、気に入ったレストランはあるのに段差や狭い通路に阻まれて入ることすらできない。人にぶつかりそうになる度に、周囲からジロジロと見られる。「車椅子でもやっていける」と思っていた私はこの時初めて、幻想から醒めて現実というものと直面したんです。

ようやく入れた洋食の店で、私は「もう無理……」と言って初めて奈美の前で泣き崩れました。そして、父親を亡くし母親が倒れたという状況を受け入れなくてはいけない奈美に向かって、とても申し訳ないことを口にしてしまったんです。「こんな状態で生きていくなんて無理だし、母親としてあなたにしてあげられることは何もない。もう死にたい。お願いだから、私が死んでも許して」って。

――奈美さんは何とおっしゃったのですか。

(ひろ実)
奈美は普通にパスタを食べながら、言葉をなくしている私にこう言いました。

「ママ、死にたいなら死んでもいいよ。ママがどんなに辛い思いで病院にいるか、私は知っている。死んだほうが楽なくらい苦しいことも分かっている。何なら一緒に死んであげてもいいよ」

そして「ママが歩けなくてもいい。寝たきりでもいい。だってママに代わりはいないんだから。ママは2億%大丈夫、私を信じてもう少しだけ頑張って生きてみてよ」と言ってくれました。

不思議なことですが、私のすべてを知っている奈美にそう言われて急に気持ちが楽になり、「死にたくない。もうちょっと生きてみよう」という力が湧き上がってきたんです。奈美のこの言葉は、いまでも大切なお守りになっています。

(奈美)
死にたいと思う人の辛さ、私は結構分かっていたんです。父が亡くなった時、何人もの人から「気を落とさないで」と言われました。でも、気を落とすに決まっているし、私より辛いわけがない。母が倒れて「神様は乗り越えられない試練は与えない」と言われたりもしたんだけど、そんなことを言われても何の解決にもならなかった。

母が「死にたい」と言った時も「死なないで」と言ったところで決して心に届かないと思ったし、手術に同意したのは私なんだから、そんなことは言えない。「死んでもいいよ」というのは、私なりの最上級の寄り添いだったのだと思います。それに、母は私にないものをたくさん持っていて、「歩けないだけで、そんなに弱音を吐くなんて」みたいな気持ちもちょっと持っていましたね。

(ひろ実)
奈美は譬え話が上手なんです。その洋食店で私が泣いた時、「逆の立場で考えてみて。私が歩けなくなったらママは私が嫌いになる? 面倒くさいと思う?」と質問してきました。「そんなこと絶対に思わない」と答えたら「だから私も思わないよ」って。この言葉がとても納得できたんですね。私は「前向きに諦める」という言葉をよく使うんですけど、まさにその瞬間だったと思います。

それまでの私は「自分には何もできない」と思っていました。でも、奈美はそんな私に「ママは歩けなくなった後、友達は減ったの? ママを訪ねてくる人はもっと増えているでしょ? これってすごい才能だと思う」と言ってくれたんです。もしかしたら自分の体験が苦しんでいる人の救いになるかもしれないと思って、セラピーの勉強に取り組むようになったのはそれからです。

私は子どもたちを育てる時、できないことはたくさんあるけれども、それを超えるくらいできることを増やしたら、マイナスは減らせると思ってやってきました。今度は奈美が反対にそれを私に教えてくれたんです。

(本記事は『致知別冊「母」VOL.2』に掲載された対談より一部を抜粋・編集したものです。)

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◇岸田奈美(きしだ・なみ)
平成3年兵庫県生まれ。関西学院大学在学中に、仲間とミライロを起業。広報部長などを歴任し、令和2年退社。作家としてデビュー。
車椅子ユーザーの母、ダウン症の弟、亡くなった父の話などをテーマに『小説現代』『文藝春秋』『ほぼ日刊イトイ新聞』などに執筆。コルク所属。

◇岸田ひろ実(きしだ・ひろみ)
ミライロ講師・日本ユニバーサルマナー協会講師。昭和43年大阪府生まれ。主婦として2人の子どもたちを育てる。現在はミライロ・日本ユニバーサルマナー協会所属の人材研修講師として活躍する傍ら、講演活動や高齢者、障害者へのおもてなし指導、知的障碍のある子どもを持つ家族への進路指導講義などを行う。平成26年世界的に有名なスピーチイベント「TEDx Kobe@Youth」のスピーカーに選ばれる。著書に『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』(致知出版社)。

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