自立した子供を育てる「奇跡の保育園」小俣幼児生活団の挑戦——大川繁子

90歳を越えてもなお、現役の保育士として子育てに当たっている大川繁子さん。主任保育士を務める小俣幼児生活団は、規則がなくても自立した子が育つ「奇跡の保育園」と呼ばれている。モンテッソーリ教育とアドラー心理学のいいとこ取りをしたという教育法とはどのようなものなのでしょうか。子供たちを輝かせる教育のヒントをお話しいただきました。

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モンテッソーリとアドラー

(大川)

(園長の)息子は幼児教育の現状を知るため、いくつもの保育園を視察したものの、どこも同じような教育をしていたことに落胆し、海外の幼児教育を勉強する中で、自分が理想としていた指導法・モンテッソーリ教育に出逢いました。 

これはイタリア初の女性医師として知られるマリア・モンテッソーリ(1870~1952年)によって考案された教育法で、子供には本来、自分を育てる力が備わっているという「自己教育力」を前提に自発的な活動を促すものです。歩行の仕方を教えなくても、歩こうとするのがその一例です。また、子供には敏感期と呼ばれる「こだわり」を強くする時期があり、それを認めてあげることが大事だと説いています。

息子はモンテッソーリ教育に感動し、京都在住の日本人初のモンテッソーリ教師・赤羽惠子先生の下に3年間、誰にも言わずに黙々と通い続けました。その教えに確信を得ると、今度は園の保育士を毎年一人ずつ赤羽先生の研修に出したのです。そうして7~8年経った頃、ベテランの保育士たちから「当園でもモンテッソーリ教育をやりましょう」と声が上がり、導入することになりました。

息子のやり方には思わず唸りましたが、以来今日まで30年間この教育方針を踏襲しています。

モンテッソーリ教育を取り入れ、10年ほど経った頃でした。当時心理学といえばユングやフロイトが中心だった中、アドラー心理学を日本に持ち込んだ野田俊作先生の研修に参加した息子が、その教えに強い感銘を受けたというのです。

息子は感情の起伏があまりないほうですが、研修を受けたその日は興奮のあまり眠れず、翌朝六時半に野田先生が宿泊していたホテルに伺い、その場で弟子入りを申し出たそうです。

アドラー心理学とは、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870~一1937年)が創始した学問で、原因ではなく目的をベースに物事を考察する考え方です。中でも特に、大人と子供を対等の立場と捉える考え方に大きな気づきを得、いまから20年前に採用しました。

ただ、当園でこれら2つの教えをすべて実践しているわけではないのです。モンテッソーリ教育からは「子供には敏感期がある」ということを、アドラー心理学からは「人間皆平等」ということをメインに、〝いいとこ取り〟をした教育を行っています。

「いいとこどり」の効果

(大川)

〝いいとこ取り〟の大きな特徴は自由保育です。当園では歌や体育の授業などクラス皆で一緒に行動する一斉保育の時間は設けていません。子供たちにはそれぞれ「いま、これをやりたい」という敏感期があり、それを遮るよりも、満足いくまでやらせてあげるほうが、その子の能力が自然と伸びていくという教えに基づいています。

5歳児だけは1日1時間だけ、事前に決めた内容を皆で行う時間があります。しかしこのスケジュールも、5歳児が前の週に話し合って決めています。例えば、子供たちから「お祭りが近いのでお神輿をつくりたい」という意見が出れば、「ではこの日とこの日にやりましょう」と時間を取ります。あるいは、先生から「リトミックを入れてはどうかな」と投げ掛けがあると、「じゃあ水曜日!」と、相談しながら決めるのです。

こうした教育が可能になった背景に、縦割り保育の導入があります。年齢ごとにクラスを分けず、3~5歳児は一緒のクラスで過ごしています。そのため、年少組は年長組の姿を見て自然に育ってくれますし、年長組が年少組を助けてあげる場面もよく目にします。

当園の先生は「大人と子供は対等」というアドラーの考え方を学んでいるため、子供たちに「何々しなさい」「何々しては駄目」と命令したり怒鳴ったりすることは一切ありません。「何々してもらえませんか?」とお願い形式で子供たちと対話を重ねています。

もちろん、子供がいけないことをした時、危険な時はしっかりとその旨を伝えていますが、「私はそれをされたら嫌だな」「私は危ないと思うよ」と、主語を自分にした「私言葉」で教えるのです。

こうした指導方法はすぐに現場の先生たちの間で実践できたわけではありませんでした。かくいう私自身が最も理解に苦しんだと思います。先生たちが集まるミーティングの場で、次男とよく激論を繰り広げたものです。

例えば、アドラー心理学では褒めることも怒ることも否定しています。その教えを次男から聞いた時に、「私だって褒められたら嬉しいのに、なぜ褒めてはいけないの?」と食って掛かりました。

実は「すごいね」「いい子」といった褒め言葉は子供を評価しています。大人も子供も対等という前提の下には評価は生まれないはずです。また、褒められることが行動の目的となると、人が見ている場ではいい行動ができても、一人の時にはできない子供に育ってしまいます。

議論を繰り返す中でこうした教えを理解し、私たち親子のやり取りを聞いていた他の保育士たちも理解を深めていきました。

(本記事は『致知』2020年3月号「意志あるところ道はひらく」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生や仕事の糧になる教えやヒントが見つかる月刊『致知』の詳細はこちら

◇大川繁子(おおかわ・しげこ)

昭和2年生まれ。20年東京女子大学数学科入学。37年小俣幼児生活団に就職し、47年に主任保育士となる。足利市教育委員、宇都宮裁判所家事調停委員、足利市女性問題懇話会座長などを歴任。

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