2019年07月09日
プロ野球選手として通算400本塁打、2000本安打を達成し、侍ジャパン代表監督としてWBCベスト4に導いた小久保裕紀さん。その小久保さんが元メジャーリーガーのイチローから学んだモチベーションを保ち続ける秘訣とは。
イチローから学んだこと
(小久保)
今年3月、イチロー選手が現役を引退しました。「二十代をどう生きるか」というテーマに関して、彼との思い出で最も忘れ難いのは1996年のオールスターゲーム。私24歳、イチロー22歳の時のことです。
私は1994年に青山学院大学から福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団しました。2年目で本塁打王を獲得したものの、「俺はパ・リーグ1番だ」と天狗になってしまい、翌シーズンは開幕から全く打てず、焦りは募るばかり。
一方、イチローは高卒でオリックス・ブルーウェーブ(現・オリックス・バファローズ)に入団し、3年目の1994年に初めて最多安打と首位打者に輝くと、翌シーズンはその2つのタイトルに加えて打点王を獲得。1996年も3年連続の首位打者へ驀進中でした。
そういう状況で迎えたオールスターの試合前、イチローと2人で外野をランニングしながら、彼に「モチベーションって下がらないの?」と尋ねました。「小久保さんは数字を残すためだけに野球をやっているんですか?」「まぁ残さないとレギュラーを奪われるし……」
すると、イチローは私の目を見つめながらこう言ったのです。
「僕は心の中に磨き上げたい“石”がある。それを野球を通じて輝かせたい」
衝撃でした。それまでは成績を残す、得点を稼ぐ、有名になることばかりを考えていたのですが、この日を境に、野球の練習をしているだけではダメ、自分をもっと高めなければいけないと思い至りました。心掛けたのは1人の時間の使い方。空いている時間は読書をすると決め、毎日実践しました。野球を通して人間力を鍛えるというスイッチが入ったのは、彼の言葉があったからこそです。
後年、「あの時の言葉のおかげで俺の野球人生がある」と感謝の言葉を何度伝えたか分かりません。
すべてが必然
(小久保)
ちょうどその頃、もう1つ大きな転機が訪れました。大スランプに陥っていた私のもとに、2人の方から全く同じ本が同じ時期に届いたのです。それも野球に関する本ではなく、経営コンサルタントの草分けとして知られる舩井幸雄先生の『エヴァへの道』。
こんな偶然が重なるとは何かのメッセージに違いない。そう思い読破して以来、舩井先生のファンになり、ほとんどすべての著書とその中で紹介されている他の方の本を渉猟しました。
「人生に起こることはすべて必然で必要だ。しかもベストのタイミングで訪れている」
舩井先生のこの言葉は単に心を鼓舞されるだけに留まらず、次第に私の人生観へと昇華されていきました。現役時代、調子のいい時に限って怪我をしたり、デッドボールをぶつけられて骨折したことが何度もあります。
そういう時、普通は「なんで俺だけがこんなことに……」と運命を呪い、ぶつけてきた投手を恨むでしょう。しかし、この怪我や骨折すらも自分にとって必然必要であり、ベストなんだと受け入れることによって、後ろ向きに捉えがちなリハビリに前向きに一所懸命打ち込めるようになりました。
2013年10月から3年半にわたって侍ジャパン代表監督を務めた時も然り。2015年11月に開催された「WBSCプレミア12」の準決勝で韓国に敗れた翌日から2年間バッシングの嵐で、非常に辛い日々ではあったものの、「この経験は自分の人生にとって必然必要である」という軸が定まっていたことは大きな支えでした。
2017年3月のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が終わった時に、あの負けのおかげでいまがあると胸を張って言えるよう、ベストを尽くそうと心に誓いました。自分に何が足りなかったのかを徹底的にダメ出ししてもらい、準備の甘さや危機管理能力の欠如など、リーダーとして未熟な部分を1つひとつ改善していくことで、紙一重の試合を勝ち上がっていったのです。
世界一奪回を期待される中で、結果は前回大会と同じベスト4。にも拘らず、プレミア12の時とは全く違う「感動をありがとう」との言葉を多くの方々から掛けていただけたのは、あの時の負けがあったからに他なりません。もし韓国戦に勝っていたら、WBCではきっと予選敗退していたでしょう。「人生には何一つ無駄がない」とつくづく感じます。