王貞治×荒川博——なぜ王は世界の王となったのか

荒川博さん24歳、王貞治さん14歳、球界に燦然と輝く868本のホームラン世界記録は、この二人の師弟の出会いから始まった――。両氏はどのような出会いを果たし、どのような特訓を経て、「世界の王」はつくられたのでしょうか。運命的な出逢いから55年の時を経て、初めて実現した荒川さんと王さんの貴重な対談をご紹介します。

2人の出逢い

(王)

思えば僕が中学2年の時、草野球の試合に出ていたのを目に留めていただいたのが、荒川さんとの初めての出会いでしたね。

(荒川)

そう、忘れもしないね。当時24歳だった私はプロ野球の選手だった。

オフに近所の隅田公園へ出掛けていったらそこに凄いピッチャーがいたんだ。

ところがその子は左で投げているにもかかわらず、打つ時になると、なぜか右で打つんだよ。

1打席目3塁ゴロ、2打席目ショートフライ。

覚えてる?

(王)

いや、全然覚えてませんね(笑)。

(荒川)

それで3回目の打席に立った時にね。

「ちょっと待って、坊や。君は何で右で打ってるの? 本当は左利きなんだろう? 次の打席は左で打ってごらん」

と声を掛けたら、

「はい」って素直に言ったんだよ。これがすべてのきっかけだな。

普通、それまで左で打ったこともない子が、試合中にいきなりそんなことを言われたら、

「できない」って言うのが当たり前だよ。

ところが次の打席で左ボックスに入ったその坊やは、いきなり2塁打をかっ飛ばした。

(王)

それは覚えてますね(笑)。

(荒川)

私はその時に、あ、この子を、母校の早稲田実業に入れようと思った。そうすれば絶対に甲子園で全国制覇ができるって。

それで試合が終わるまで待って、早実に入るよう勧めたんだ。

習い方がうまい人には、習う素直さがある

(王)

僕にとっても、プロ野球選手から声を掛けられたことは物凄く大きなものがありました。

自分が考えていた以上に、野球の腕を高く評価してもらえたことが凄く嬉しかったですね。

本当にありがたい出会いでした。

(荒川)

しかし、それにしてもあの時、左で打てと言われて、

「はい」って答えた素直さね。

これが王の1番のいいところであって、それが今日の成功をもたらしたんだよ。

だから私はいつも、

「習い方がうまい人とは、習う素直さがある人だ」

と言うんだよ。

これがもう第1条件なんだよね。

王はその後も、私に口答えしたことは1回もない。

(王)

こちらは教わる側ですからね。プロに入ってからの荒川さんとの練習でも、結局僕のほうは無に等しいわけですから、教えていただける以上はすべてを受け入れる、という気持ちで取り組みました。

だから、とにかく教えられたとおりにやる、ということがスタートでしたね。

本気のやる気を引き出す

(王)

僕も長年監督を務めてきましたが、荒川さんが最初に僕をご覧になった時と同じように、ぱっと見た時に、伸びるか伸びないかというのは分かるものです。

伸びる選手は能力が高くて体が頑丈な人。それからやはり、向上心が強い人ですね。

もし能力がありそうな選手であれば、向上心を目覚めさせることが先決です。

だから荒川さんの言葉のように、

「おまえの力はこんなものじゃない。タイトル争いができるような能力があるんだぞ」

と言って、目覚めさせたりすることが必要なのだと思います。

荒川さんからは、「言葉を使う」という指導の方法を教えていただいたから、僕も選手たちの心を鼓舞するような言葉を伝えてきました。

そうやって本人のやる気を引き出すことが、指導者にとっての大切な役割だと思います。

出逢いが道をひらく

(荒川)

やる気を引き出すという点では、私がジャイアンツのコーチに着任して21歳の王を指導することになった時にこんな条件を出した。

「きょうから酒と煙草をやめろ。彼女がいりゃ、彼女も捨てて、バカ一筋になって3年間打ち込め」

プロの世界だから様々な誘惑があるだろう。でも若いんだから、3年や5年の間は我慢しろ、と言ったんだ。

私ができるか?と尋ねたら、王は迷いもせず、「はい」と答えた。

そこでまた「はい」って言ったところが凄いんだよ。

14歳の時とおんなじだった。7年後の、21歳の時に。だから珍しいんだよ、王みたいなのは。

これはやっぱり、お父さんのおかげ、お母さんのおかげだと思うよ。

(王)

荒川さんは、うまく鞭を使ったり、飴を使ったりしながら僕の心を奮起させてくださった。

まさに、「感奮興起」という言葉のとおり、何かに深く感じ入って奮い立ったり、自分自身が物凄く興に乗ったりすることによって、物事は動いていくものだと思うのです。

荒川さんは、教えるということに関しては、本当に奇人、変人といわれる範疇に入る人だと思います。

でもそれぐらいでなきゃ、教える側の名人にはなれないでしょう。

そういう人に出会えたことは、僕にとっては本当に、ラッキーなんてものじゃなくて、人生のすべて、といってもいいくらいのありがたいものでした。

(本記事は『致知』2009年8月号特集「感奮興起」より一部抜粋したものです。仕事や人生、経営に役立つ教えが満載!月刊『致知』の詳細・購読はこちらから

【著名人から寄せられた致知へのメッセージ】

王貞治 氏

福岡ソフトバンクホークス球団会長

『致知』と出会ってもう10年以上になる。人は時代の波に振り回されやすいものだが、『致知』は一貫して「人間とはかくあるべきだ」ということを説き諭してくれる。人生において、そうしたぶれない基軸を持つということがいかに大事であるか、私のような年代になると特に強くそう感じる。最近では若い人の間にも『致知』が広まっていると聞く。これからは私も『致知』に学ぶだけでなく、その学びのお裾分けを周りの方にしていきたいと考えている。

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