最強棋士が語る本当の「才能」とは?? 桜井章一×羽生善治

将棋界初の7大タイトル全制覇を成し遂げた最強棋士・羽生善治さんと、麻雀代打ちで20年無敗を誇り伝説の雀鬼と呼ばれる桜井章一さん。それぞれの道を極めてきたお2人が縦横に語り合る、勝負哲学、そして本当の「才能」とは。

自分の実力を知っておく

(羽生)

自分の実力はこれくらいということをよくわきまえておくことも大事だと思います。いまはまだ実力が十分備わっていないんだから、結果が出なくても当然だと自覚していれば、大変な時期でもそんなに深刻にならずに乗り越えていけるかもしれませんね。

 その時の自分の状態が分かるリトマス試験紙というのを私は持っていましてね。よく人から「頑張ってください」って言われることがあるでしょう。

 その時に「ありがとうございます」って素直な気持ちで言える時って大体いい状態なんです。いや、そんなこと言ったってもう十分頑張ってるよって思う時はあまりよくない。

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(羽生)

棋士としてのあり方という点では、いまでも印象に残っているのが、亡くなった米長邦雄先生です。

私が初めて名人戦に臨んだ時の相手が、前年に49歳で名人位に就かれた米長先生でしてね。あの時の先生は、対局中に一回も膝を崩されなかったり、並々ならぬ思いを込めて臨んでおられました。

勝負は、私が3連勝して名人位に王手をかけたんですが、そこから先生が盛り返されて2連敗を喫してしまいました。後で知ったんですけど、米長先生は私に3連敗した後、負けたら引退するつもりで第4局に臨まれていたらしいんです。 

ところが先生は、対局の合間の休憩時間などには、立ち会いの内藤國雄先生と朗らかに談笑をなさったりして、そういう覚悟は微塵も感じさせなかった。並々ならぬ決意を持って勝負に臨みつつも、そういう逆の振る舞いをあえてなさっていた姿が、非常に印象に残っています。

 米長先生の世代の方とは、タイトル戦を戦う機会が少なかったので、とても貴重な勉強をさせていただきました。

いまを丁寧に生きる

(羽生) 

考え過ぎることがよくないように、勝負もあまり力を入れ過ぎてもダメなんでしょうね。もちろん無気力はダメでしょうけど、ちょうどいい加減を知ることが大事だと思います。

車の運転もアクセルとブレーキの加減が大事で、ぶつかるリスクがあるからといって目いっぱいブレーキを踏めばいいわけではありません。1センチの隙間さえあればぶつからないわけで、そういう小さいところまで分かっていれば、危なそうに見えても大丈夫ということがあります。ですから少しでも細かな違いを見極めていけるようになりたいと思っています。

ただ実際の勝負では、いくら自分がこうなったらいいなと考えても、そのとおりにはなりません。ままならないことも想定して進めることも大事ですね。

(桜井) 

僕の場合、思い通りにならなくてもそのギャップを楽しんじゃう。しばらくすると波に乗れるんですよ。それは自分に都合の悪い波でも、いい波でも関係ない。そのうち悪い波ばかりじゃないなとか、いい波の後には必ず悪い波が来るなとか、そういうことが分かってくるんです。

(羽生) 

勝負だからいつも勝ちたいという気持ちはありますが、いつも勝てるとは限りません。桜井さんは、そこでどうするかが大事だとか、その流れの中から何かを感じることだというお話もよくなさいますけど、すごく刺激を受けるところがあります。

(桜井) 

僕は流れっていうのを体で分かっているんですよ。だから力んでやるのはダメだなって思う。緊張すれば力むでしょ。頭が真っ白になって判断に時間がかかったり、間違えたりしてしまう。

そもそも判断、決断っていうより、僕は選択だと思うんです。その選択のセンスが大事だと思うんですね。将棋も一手一手選択しながら指していくわけでしょう。それが羽生さんの場合は、山を越えた向こう側まで見通せるようなセンサーを持っているんだと僕は思うんです。もちろん2人でやってるから変化は起こるでしょうけど、変化が起こればまたすぐ対応できるんじゃないかと思います。

(羽生) 

そこでミスすることもあるんですけれどもね。でもミスすることと結果って必ずしも一致しないんです。いい手を指せば必ずしもいい結果を得られるとは限らないところに、ものすごく勝負の機微とか流れとか、様々なものがあるのかなと感じています。

(桜井) 

いいミスだったり、ミスが助けてくれるっていう場合もあると思うんですね。普通の人は助からなくても、羽生さんクラスの指し手になると、ミスを生かすことだってできるんじゃないですか。

(羽生) 

意外と、お互いにたくさんミスしたほうが内容的には面白くなってくることはあるんですよ。局面が混沌として難易度が上がって、さらにミスしやすくなるんですね。難しい場面になるから、考えがいがあったりもするんです。

(桜井) 

やっぱりお互いがミスしている時のほうがやることが多いし、勝負の要素として持っているものをいっぱい出さなきゃいけない分、面白くなるということですよね。

(羽生) 

ですから勝ち負けは巡り合わせで、僅か一手の差で負けてしまうという時もあるんです。でもそれは運がなかったのではなくて、自分のミスに原因がある。どんな僅差であっても、負ける時は何かしら理由があるものです。

(桜井) 

やっぱり羽生さんは、そういう微妙な差を大切にしていらっしゃるんですね。他の人の目が届かないところで、普段からその微妙な変化に対応している。強い人同士の勝負になると、本当に微妙な差で勝敗が決まるけれども、そこをずっと勝ち続けているっていうことは、やっぱり微妙な差を掴み取る繊細さを持ち合わせていらっしゃるからだと僕は思うんです。

(羽生) 

私はきょうまで将棋を続けてきて、1つのことに対して10年、20年、30年と同じ姿勢で、同じ情熱を傾け続けられるのが才能だと実感しています。

それでも、長い間やっているとどうしても浮き沈みっていうのはあるんですね。例えば、朝起きてきょうはちょっとしんどいなとか。瞬間的なものなら無理してでもできるでしょうけど、本当の長い歳月となると、どうしても上り下り、バラツキが出てしまう。

ですから、あまり前のことを振り返らないでやっていくことが、長く続けていく上では大切なことなのかなとは思っています。

(桜井) 

いまですよ、いま。過去をどうのこうのって言うより、やっぱりいまでしょうね。いまっていうのはすぐ過ぎていくものだけど、羽生さんはいまを丁寧にしているんじゃないですか。他の棋士に比べて、たぶん羽生さんは1番丁寧に将棋を指しているんです。そして、普段の日常の中でも丁寧にご自分の人生を生きているから、30年以上も強さを維持し続けていらっしゃるんだと思うんです。

(羽生) 

きょうは編集者の方から、「自反尽己」というテーマをいただいていますが、つまるところは、自分にできることを常に精いっぱいやっていくしかないと思います。結果はどうなるか分からないですけど、その時、その時に自分なりのベストを尽くすこと。

それでどうにもならないこともありますが、その時はまた、その起こった出来事に対応していく。そういうことが大事ではないでしょうか。

(本記事は月刊『致知』2017年10月号「自反尽己」から一部抜粋・編集したものです。各界一流の方々のご体験談を多数紹介。あなたの人生、経営・仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇桜井章一(さくらい・しょういち)
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昭和18年東京都生まれ。大学時代に麻雀を始め、裏プロとしてデビュー。以来、代打ちとして引退するまで20年間無敗、「雀鬼」の異名を取る。引退後は「雀鬼流麻雀道場 牌の音」を開き、麻雀をとおして人間力を鍛えることを目的とする「雀鬼会」を主宰。著書に『負けない技術』(講談社)など多数。最新刊に『桜井章一 勝運をつかむ100の金言』(致知出版社)。

◇羽生善治(はぶ・よしはる)
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昭和45年埼玉県生まれ。6歳で将棋を始める。小学6年生で二上達也九段に師事し、奨励会(プロ棋士養成機関)に入会。中学3年生で四段となり、史上3人目の中学生プロ棋士に。平成8年7大タイトルを独占し、史上初の7冠に。現在、7タイトル戦のうち6つで永世称号の資格を保持。通算タイトル獲得数単独1位。著書に『決断力』(角川書店)など多数。

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