安藤忠雄×宮本亜門――睡眠4時間365日。「一度は死に物狂いで物事に打ち込め」

日本はもとより、世界を舞台に活躍し続ける2人のアーティスト、建築家・安藤忠雄さんと演出家・宮本亜門さん。絶えざる挑戦に生きるお2人の熱い対談をご紹介いたします。

よりよいアイデアを 生み出す条件

(宮本)
心動かされる瞬間をつくるには、一瞬一瞬を精いっぱい生きないとできませんよね。

(安藤)
いま人生100年の時代で随分と長生きになりましたから、楽しく生きることを考えないと。私たちは芝居とか映画とか音楽から生きる力をもらうわけですが、この生きる力をもらう時間というのは大事だと思うんです。そういう面で、宮本さんの仕事は素晴らしいと思う。建築は物理的なものですから、人の心を動かすことはなかなかできませんが、芝居は心の中にズバッと入ってくる。
ただ、演出家というのは自分が演じるわけじゃなくて、役者がやるわけでしょう。それを次から次へと魅力的なものに仕上げていくのはすごく難しいでしょうし、神経がまいると思うんです。だから、よく続いてるなと。

(宮本)
舞台っていうのはだいたい2~3年前から準備をして、小さな会社をつくっては無くす、またつくっては無くす……という感じで、毎回、スタッフもキャストもメンバーが変わるんです。
そういう意味では大変と言ったら大変ですけど、結局それが好きなんでしょうねぇ。レールに沿って生きていくのが性に合ってない。だから、安藤さんの独創的な生き方に共鳴するのかもしれません。

(安藤)
芝居には役者がたくさん参加します。演出家はそれぞれの役者の心を読みながら作品を組み立てていく。その時に自分の言う通りに演じる役者よりは、ちょっとズレた役者のほうがいいのではないかと私は思うんですけど、どうですか?

(宮本)
おっしゃる通りです。いい意味で空気を読まない人が好きですね。むしろ空気を読むなんていうのはマイナスだと思ってるんですが、それくらい全く違う意見とか突拍子もないことを言う人こそ面白いと。これは特に海外で仕事を多くさせてもらうようになってから感じるようになりました。
ニューヨークやロンドンで仕事をしてると、もう本当に好き勝手やるんですよ。平気でぶつかってくる。最初は怯えていた自分がいたんだけど、それって喧嘩をしてるわけじゃなくて、お互いに何が違うのかを話していくと、それが発酵していって、次のアイデアを生むことが多いんですよね。

(安藤)
よく分かります。

(宮本)
僕以上に世界でいろんな経験をなさってる安藤さんの前で言うのはおこがましいんですけど、いろんな人がいるから面白いし、いろんな意見がぶつかるから僕は学べていると思ってます。

(安藤)
でも、俳優さんが毎回違う中でやるのは大変でしょう?

(宮本)
毎回大変ですよ。オーディションの時点でもうバラバラですから。日本人は真面目な方が多いので、「よろしくお願いします」と言って歌や踊り、台詞を読んだりした後、皆さんだいたい反省しながら帰っていくんですよ。
ところが、欧米なんかはワーッとパフォーマンスをして、「どう?もしあなたが私を落としたら許さないわよ」っていう顔で演出家を見たり、「この台本、ちょっと意味が分からないから、まず話し合いからやろう」って怒られたり(笑)。
 
ですから、時々やっぱり胃薬や頭痛薬を飲みますが、それを乗り越えていくことでもっとお互いが分かり合えるところもありますし、より素晴らしい作品に磨かれていくんです。

〝死に物狂い〟が 道を開く

(宮本)
安藤さんは確か一時期プロボクサーになられていますよね。これはどういう理由で?

(安藤)

家が貧しかったから、早く稼いで祖母を楽にしてあげたいと思ってました。高校生の時に双子の弟がプロボクサーになったこともあって、ボクシングジムを見学したら、当時サラリーマンの給料が10,000円の時代に、四回戦のファイトマネーが4,000円なんですよ。えっ、喧嘩してお金くれるの? こりゃええなと(笑)。
一か月くらい練習してプロになったんですけど、後に世界チャンピオンとなるファイティング原田が練習に来た時に、圧倒的なレベルの差を実感しました。才能というのはあるんですね。それでさっさとやめました。

経済的な事情と学力の両方の理由から大学には行けず、建築の専門教育も受けられなかった。ならば自分で勉強しようと。19歳の時に、建築学科の学生が4間かけて学ぶ専門書を1年で全部読もうと決心し、毎朝9時から翌日の朝4時まで机に向かいました。
睡眠時間は4時間。4月1日から翌年の3月31日まで、ほとんど外出もせず、無我夢中で勉強したんです。

(宮本)
鬼気迫るものがあります。

(安藤)
「おまえは学校へ行ってない。ハンディキャップがある。でも、
ハンディキャップは意外といい。頑張るから」と祖母が言ってましたけど、いま振り返るとその通りだと思います。
その後、昼はアルバイトをし、夜は通信教育で建築やデッサン、グラフィックデザインなどを手当たり次第に学び、休みの日は奈良や京都へ行って、東大寺や法隆寺といった壮大なものから茶室のような小さなものまで、ありとあらゆる伝統的な建築を見て回る生活を送りました。

(宮本)
建築漬けの日々を過ごされたんですね。

(安藤)
二級建築士と一級建築士の資格を取る時も、いずれも一発で合格しようと覚悟を定め、仕事の仲間と昼食に行く時間も惜しんで、パンを2つ食べながら一人黙々と建築の専門書を読んでました。「安藤は頭がおかしくなったんか」と冷たい視線を向けられたりもしましたが、おかげで両方とも一発で合格することができたんです。
若い頃に、一度は死に物狂いで物事に打ち込んでみることが必要です。目標を定めたら何が何でも達成するんだという意志を持たないと。独学であっても強い覚悟と実行さえあれば道は開ける。これは私の実感であり、体験を通して掴んだ一つの法則です。

(本記事は『致知』2018年10月号特集「人生の法則」より一部を抜粋・編集したものです。『致知』にはあなたの人生、仕事、経営に役立つ一流の方々のご体験談が満載!ご購読・詳細はこちら

◇安藤忠雄(あんどう・ただお
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1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、69年安藤忠雄建築研究所を設立。代表作に「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「地中美術館」などがある。79年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、93年日本芸術院賞、95年プリツカー賞、2003年文化功労者、05年国際建築家連合ゴールドメダル、10年文化勲章、13年フランス芸術文化勲章、15年イタリア共和国功労勲章、16年イサム・ノグチ賞など受賞多数。イェール、コロンビア、ハーバード各大学の客員教授を歴任。1997年から東京大学教授。現在、名誉教授。著書に『私の履歴書 仕事をつくる』(日本経済新聞出版社)など。

◇宮本亜門(みやもと・あもん
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1958年東京都生まれ。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎など、ジャンルを越える演出家として国内外で幅広い作品を手掛けている。2004年には演出家として東洋人初のニューヨークのオン・ブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演、同作はトニー賞4部門でノミネート。17年ロンドン・大英博物館にて、葛飾北斎を題材としたリーディング公演『画狂人 北斎』を上演。18年3月、フランス・ストラスブール国立歌劇場で三島由紀夫原作のオペラ『金閣寺』(黛敏郎・作曲)を上演。近年は「ニッポンを演出する」と掲げ、日本を世界へ発信する作品を様々手掛けている。8年東京都生まれ。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎など、ジャンルを越える演出家として国内外で幅広い作品を手掛けている。

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