「あなたを逮捕します」突然の宣告を受けて――村木厚子 164日の勾留生活を支えたもの

〔写真右が村木氏、左が増田氏〕

厚生官僚としてキャリアを重ねる中、身に覚えのない罪で逮捕、勾留された村木厚子さん。村木さんはこの逆境をどのような思いで乗り切ったのでしょうか。スポーツジャーナリスト・増田明美さんとのご対談記事の一部を紹介します。

人は一夜にして全く違う立場に置かれる

(増田) 
それにしても村木さんは、本当に大変な事件を乗り越えてこられましたね。

(村木)
そうですね。あれは「凜の会」という組織が障害者団体を装って、格安料金で郵便物を発送していた事件でした。凜の会の偽の障害者団体証明書が、私の指示で発行されたという疑いをかけられて、逮捕されたわけです。
 
偽の証明書が発行されていることが分かった時にはまさかと思っていたんですけど、係長さんが逮捕され、取り調べが進むうちに、なぜか全部私の指示で行われたことになっていって、マスコミに追いかけられてどこにもいられない状況になってしまったんです。
 
ですから、20日後にやっと検察から呼び出しを受けた時には、これで分かってもらえると思ったんですけど、半日取り調べを受けた後で、「あなたを逮捕します」と。

(増田) 
どんなお気持ちでしたか。

(村木) 
びっくりしました。最悪のことが起こったなと。
 
すぐに家族に知らせなければと思ったんですけど、あいにく夫は海外出張中でした。自宅にいる娘がテレビをつけたらお母さんの逮捕が報じられていた、という状況だけは避けたかった。
 
ちょうど検事から、「家族への連絡はこちらからするので、連絡先を教えてほしい」と言われた時に、電話番号を探すふりをして、夫にこっそり「たいほ」と3文字だけ打って送信しました。漢字を変換する時にミスするのが怖くて、ひらがなのまま送ったんですけど、これで後のことは夫が全部やってくれるだろうと思いました。
 
そのまま拘置所に連れて行かれましたから、そこから先は自分では何もできないんです。あぁ、人って一夜にしてこうなるんだ、一つの瞬間を境に全く違う立場に置かれるんだと思い知らされました。
 
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まず、自分に問い掛けました

(増田) 
取り調べが行われた20日間も含めて、勾留は164日にも及んだそうですけれども、どんな思いでその長い時間を過ごされたのですか。

(村木) 
まず自分に対して問い掛けをしました。1つは、自分は変わったのか。もう1つは、自分は何かを失ったのか。
 
1つ目の答えは、私は変わっていない。検事もマスコミも私がやったと言っているかもしれないけど、私はやっていないし、やるような人間に変わったわけでもない。
 
2つ目の答えは、確かに失ったものもあるかもしれない。でも家族はもちろん、友人や職場の人から「信じている」というメッセージをたくさんいただいた。自分はこんなに持っているものがあったんだから、いいじゃないかと。
この2つの答えを見出して、相当落ち着くことができました。
 
2人の娘の存在も大きかったですね。将来困難に出遭った時、あの時お母さんも頑張ったんだから、私たちも頑張ろうと思ってくれるように、最後まで負けちゃいけない。結果は神様しか分からないけれども、とにかく諦めない姿を娘たちに見せようと思いました。
 
娘たちのためと思うと意外に強くなれて、最後まで頑張り通せる自信が湧いてきました。逮捕されてからは、すべて支えられる側になってしまったんですけど、そんな自分にもしてあげられるものが見つかった。これは大きな心のつっかえ棒になりました。

(増田)
勾留の身でも、してあげられることってあったのですね。

(村木) 
職場復帰してからのことなんですけど、東日本大震災の後に、当時防災担当大臣だった蓮舫さんが郡山に行って、現地の方々を励まして歩いたんです。その随行として大臣の後を歩いていたら、皆さんが私のことに気づかれて、「よかったね、頑張ってね」って肩を叩かれたり、ハグされたり。
 
激励に行ったはずが逆に励まされて、なんだかいたたまれなかったんですけど、帰って来てさわやか福祉財団の堀田力さんから、「村木さん、いいことをしたね」って言われたんです。
 
人間は励まされるばかりでなく、自分から誰かを励ましたり、助けたりすると、もっと元気になれる。だから、あなたが被災地で皆さんの励ます相手になってよかったんだよって。

(増田) 
いいお話です。感動しました。それで、勾留が終わったのはいつだったのですか。

(村木) 
勾留が164日続いた後、平成21年11月24日に保釈されました。
年が明けて始まった裁判では、検察側の証人として出てくれた人たちが次々と供述調書の内容を覆して私の関与を否定する証言をしてくれ、平成22年9月21日に無罪判決が下りました。すぐ後に、大阪地検特捜部主任検事の証拠改竄事件も発覚して、検察が控訴を断念して私の無罪が確定したんです。

(本記事は月刊『致知』2017年6月号 特集「寧静致遠」より一部抜粋・編集したものです。月刊『致知』には仕事力・人間力を高めるヒントが満載です。最新号はこちらから)

【増田さんも『致知』を愛読しています】

◇増田明美さんのメッセージ◇

尊敬する友人に勧められ読み始めて10年。『論語』や真摯な生き方で活躍する方々の言葉に栄養を頂いています。お蔭で心が骨太になりました。

◇村木厚子(むらき・あつこ)
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昭和30年高知県生まれ。高知大学卒業後、53年労働省(現・厚生労働省)入省。障害者支援、女性政策などに携わる。平成21年郵便不正事件では偽装公文書作成容疑等で逮捕・起訴されるも、22年の裁判で無罪が確定し職場に復帰。25年厚生労働事務次官。27年退官。現在は伊藤忠商事社外取締役や、津田塾大学客員教授などを務める。著書に『あきらめない』(日経BP社)『私は負けない』(中央公論新社)。

◇増田明美(ますだ・あけみ)
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昭和39年千葉県生まれ。成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立。59年のロス五輪に出場。平成4年に引退するまでの13年間に日本最高記録12回、世界最高記録2回更新という記録を残す。現在はスポーツジャーナリストとして執筆活動、マラソン中継の解説に携わるほか、ナレーションなどでも活躍中。著書に『カゼヲキル』(講談社)『認めて励ます人生案内』(日本評論社)など。

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