人種差別を生き抜いた、ネルソン・マンデラの歩いた道

 

「自由で平等な南アフリカという理想のために、私は死ぬ覚悟ができる」。その一念で約350年続いた人種差別から黒人を解放したネルソン・マンデラ。27年にも及ぶ獄中生活にも屈することなく、祖国のために闘い抜いた「南アフリカの父」の横顔に迫ります。

闘い抜いた27年間

マンデラは自伝の中で、獄中のことも多く書き残していますが、特筆すべきは彼が獄中にあっても闘争心を失わなかったということです。半ズボンだった囚人服を長ズボンにしろとか、面会条件の緩和、食事の内容などの待遇改善を求めて、刑務所の当局と学生時代に経験のあるボクシングさながらに闘い続けたのです。

 マンデラは島全体が監獄になっていたロベン島に収監されていました。いまは世界遺産になっていて誰でも見ることができるのですが、彼の独房は狭く、普通の人間であればすぐに心が折れてしまいそうな環境です。妻と子供たちと離れ離れになり、胸の張り裂けるような日々だったことでしょう。

しかしマンデラは決して諦めませんでした。知恵を捻り出しては外部との通信を試みたり、自己を律すべく狭い独房の中で自分の体を鍛えることを怠りませんでした。

マンデラが獄中にいる間、国の状況はどうなっていたかというと、彼に続く世代が台頭していました。その中心人物はスティーブ・ビコという頭の切れる人物で、1970年代前半には南ア全土での運動を組織化するなど、反アパルトヘイト運動の主導権は彼が握っていたのです。 

ところが1977年に警察に捕まったビコは、拷問の末に殺されてしまいました。この事件は国内のみならず世界中に衝撃を与え、白人政府は非難の的となりました。一方、再び指導者を失った黒人たちは新たな指導者を求め始めます。 

この時に立ち上がったのが、マンデラの妻ウィニー・マンデラでした。マンデラに帰ってきてもらおうという運動を、彼女は世界中で展開し始めたのです。その闘志は凄まじく、彼女がマンデラを出獄させた立役者と言ってもいいでしょう。「マンデラを釈放せよ」というスローガンが世界中で叫ばれ、さらにアメリカをはじめ各国から経済制裁を受けるに至って、白人政府は遂にアパルトヘイトの撤廃を決断したのです。 

こうして自由を求める南アの闘いのシンボルとなったマンデラは、1990年2月に釈放されました。既に71歳という高齢の身ではありましたが、大観衆を前にして衰えた様子を見せることはありませんでした。

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「虹の国」を実現するために

2013年12月5日、マンデラは95歳でその生涯を閉じましたが、彼の最も優れた資質として挙げられるのは、一貫してぶれない姿勢でした。

 マンデラは黒人と白人が共存する「虹の国」の実現という一念を抱き続けていました。そしてその一念を実現させるための戦略的思考は柔軟で、その場その場で最も適切と思われるものを大胆に選んでいます。投獄前には暴力も辞さなかったマンデラが、釈放後は徹底して暴力を排除した姿勢はその最たるものと言えるでしょう。

 また、マンデラは指導者として陰謀が大嫌いでした。会議では自分の意見を言わずに黙っていて、裏で他人の悪口を言いふらすような者には、相手が白人であれ黒人であれ、激怒しました。

 もう一つ付け加えれば、マンデラはとにかくよく人の言うことを聞く人でした。交渉ごとにおいては、全身で相手にぶつかっていくのですが、自分の言いたいことを言うだけでなく、相手が話し始めたらそれを遮ることなく聞く。そして自分の立場を変える必要があれば断固として変えることも厭いませんでした。特筆すべきはこうした姿勢を誰に対しても貫いたことで、彼の偉大さが感じられます。

 マンデラはたくさんの言葉を残していますが、その中で最も気迫がこもったものを最後にご紹介しましょう。これは彼が投獄されて人々の前から姿を消す前の最後の言葉でした。

 「自由で平等な南アフリカという理想のために、私は死ぬ覚悟ができる」

 死刑判決を受けるかもしれない裁判での最終陳述を巡っては、弁護士からそんなことを言ったら本当に死刑にされてしまうからやめたほうがいいと助言を受けていたといいます。しかしマンデラはそれでも構わないと突っぱねました。仮に自分が死刑になれば、仲間が立ち上がってくれるだろうと。自分が死ぬことでアパルトヘイトの終焉を早めることができれば、それで本望だと  。

 理想を高らかに掲げ、その一念のために命を投げ出す覚悟を持ったネルソン・マンデラ。その名が世界史に深く刻まれることになった所以は、いかなる状況にも決して屈することのなかった長の一念にあったのです。

 (本記事は『致知』2014年6月号 特集「長の一念」より一部抜粋したものです。『致知』には教養を深め、仕事力・人間力を高める記事が満載です!著名人からの推薦コメントはこちら

 ◇峯 陽一(みね・よういち)

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同志社大学教授。昭和36年熊本県生まれ。62年京都大学文学部卒業。中部大学助教授、南アフリカ共和国のステレンボッシュ大学助教授などを経て、平成10年から同志社大学グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『南アフリカ―「虹の国」への歩み』(岩波新書)など。

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