裸足になってひたすら前進を続けよ――裏千家前家元・千玄室の原点

感動する話

茶の道を究める一方、「一碗からピースフルネス」を志として半世紀以上、国内外に和の心を伝え続けている裏千家前家元の千玄室さん。しかし、その人生の原点、半生には過酷な戦争体験、肉親の死など、数々の困難があったといいます。そんな千さんの原点に迫るエピソードをご紹介させていただきます。※対談のお相手は、宗教学者の山折哲雄さんです。

毎日死ぬことばかり考えていた

(千玄室) 

戦争中は、自分がいつ死ぬか分からないという思いで生きてきたわけですが、大事な家族を失うのはまた違う辛さがあります。 

10年前に家内、7年ほど前に二男に相次いで先立たれましてね。この時は特攻で死ぬこと以上に辛うございました。 

家内が亡くなった後、無常観と申しますか、半泣きになりながら毎朝の散歩を続けているような状態でございました。過ぎ去りし家内との思い出の中に入り込んでいる自分の姿がよく分かるのですね。けれども、どうしても切り捨てることができない。 

「おまえは一体何なのだ。戦争で死に損ない、大徳寺で瑞巖老師に学び、半世紀以上お茶の心を海外に伝えてきたのは一体何だったのか」と。

毎日、毎日死ぬことばかりを考えておりました。すると顔に死相が出てくるのですね。

ある時、当時小学生だった孫娘が

 「お祖父ちゃま、どうしてそんな顔しているの」。

そう言われてハッとしました。鏡を見たらなんとも情けない顔なのですね。

 「こりゃあかん。もう一度、立ち直らなくては」

と。

ちょうど海外普及も50周年の節目を迎え、家内が

「これからは好きな茶の道をされてはどうですか」

と言ってくれたのを思い出しましてね。長男に家元を譲る決意をしたのです。

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裸足になってひたすら前進を続けよ

(千)

そうしてだんだん立ち上がったところに、今度は二男が病に倒れてしまいました。見舞いに行くと、私の手を握って

 「僕はもう駄目かもしれない。兄さんが16代を継いでくれるのを見届けたかった」 

と申しまして……。 

(山折)

 そうでしたか。

 (千)

 長男が家元を継承するのを見届けたように、二男は亡くなって、私もまたどん底に突き落とされた気持ちでございました。

しかし、家元の重責に前向きに立ち向かっている長男の顔を見たら

 「ここで自分が負けてはいかん」

と心を奮い立たせました。人間再生です。

山折先生ね、瑞巖老師から私が最後にいただいた公案(禅の師匠から与えられる課題)が「破草鞋」、破れ草鞋だったのですよ。 

最初に老師に「はそうあい」と言われた時は、何のことだかさっぱり分からなかった。お伺いするわけにもいかないし坐禅をやっていても浮かばないのですね。 

ある時、玄関の入り口に掛けていた托鉢用の編み笠と草鞋を見た時、ハッと思ったのですね。 

「そうや、草鞋のことや」 

と。 

しかしそれでも破れ草鞋がどういうことかがまた分からないのです。

 (山折)

答えは見つかりましたか。

 (千)

それが、最近ようやく分かりました。破れ草鞋は何も役に立ちません。自分の草鞋が破れている。

それすら忘れて、裸足になってひたすら前進を続けよと。いつまでもうつむいていないで前進を続けよと。この年になって一つの疑問が解けてきました。

これがいまの私の心境です。 

(山折)

なるほど。お話を伺っておりまして、私のような門外漢から見ましても、それは実に見事な引退、そして新たな再生という人生の区切りではなかったかと拝察いたします。 

おそらく気力、体力ともに充実していらしたはずです。その段階で身を引くのは、よほどの決意がないとできないことだと思います。 

そして家元を譲られることで、また大きな心境を開かれたのですね。 

(本記事は月刊『致知』2010年1月号特集「人生信條」より一部抜粋したものです。月刊『致知』には仕事力・人間力を高める記事が満載です。詳細はこちらから

【千玄室さんも『致知』を愛読しています】

◇千玄室さんのメッセージ◇

『致知』は素晴らしい内容が豊富に掲載され勉強になる。知ることのために熟読する。いまは亡き安岡正篤先生の教えも伝えられる。知ることの「行い」そして行いはまた「知」である。即ち実体化となる論は、正に「知行合一」で、今日の情報多様化の時代に必要なものである。

あの著名人も『致知』を読んでいます。

千玄室(せん・げんしつ)

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大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米ハワイ大学で修学。24年大徳寺管長後藤瑞巖老師について得度。39年千利休15代家元を継承。平成14年16代家元を長男に譲り鵬雲斎千玄室となる。現在日本・国連親善大使、日本国際連合協会会長、茶道裏千家淡交会名誉会長、京都市生涯学習総合センター所長など多くの役職を持つ。平成9年文化勲章受章。哲学博士。文学博士。『お茶をどうぞ 私の履歴書』(日本経済新聞社)『生かされている喜び』『茶の心』(ともに淡交社)など著書多数。

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