AOKI創業者を支えた『孟子』の一節

数多ある紳士服業界の中で、日本で初めて東証一部に上場したAOKIホールディングス。その歴史は、創業者であり、現会長の青木擴憲さんが背広の行商をスタートしたことに端を発します。その青木氏が今日までの経営人生の中で、常に心の支えとしてこられたのが、中国古典の教えだったといいます。若い頃、倒産するかしないかという経営危機に直面する中、偶然書店の中で出合った運命の言葉とは?そして、いままさに会社の危機にある経営者たちにアドバイスをしていることとは何か――。

古典との出会い

私の古典との出合いといえば、一つには仏教があります。三十九歳の時に近所の店主に誘われて信州飯山にある臨済宗の名刹・正受庵を訪ね、酒井盤山和尚の許で坐禅を行いました。その時に「般若心経」の一番のポイントは「五蘊皆空、度一切苦厄」と改めて教わったんです。

人を構成する五つの要素(色、受、想、行、識)はすべて空である。だとしたら一切の苦しみ、厄はない。つまり、死んだと思ってやったら何と言うことはないんだ、と。もともと坐禅の姿自体が人が死んで埋葬される時の姿ですから、坐禅を組むことはその都度人生をゼロに戻すことになるわけです。

若い頃は何しろ借金だらけで、青木は必ず潰れると周りから言われる時代が長く続いたのですが、そういう時でも、私は紳士服の展示会を訪れていました。まさか青木は出てくるとは思っていなかったのでしょう。周囲の目は百人が百人とも冷たいんですね。誰一人話し掛けてくる者もなく、シーンとしている。

青木はとっくにどこかに行って、ひょっとしたら自殺しているんじゃないかと噂が立っている時でした。そんな中で展示会に出ていくのだから、「お化けが出た」てなもんですよ(笑)。これだって死んだ気にならなきゃできないわけです。

四十八歳で店頭公開するまでポケットに千円とか千五百円しか入っていない状況が続いていましたから、この仏教の教えがどれだけ私を支えたか分かりません。

古典を学んで社員はこう変わった

それから中国古典でいえば、やはり『孟子』の「告子章」ですね。これも倒産するかしないかという、本当に困っている時に、偶然書店で見た本の中で出合ったと記憶しています。それ以降危機の時に、常に励みとしてきました。

天の将に大任を是の人に降さんとするや必ず先ずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、その身を空乏せしめ、行ひその為さんとするところを払乱せしむ。心を動かし、性を忍ばせ、その能くせざる所を曾益せしむる所以なり。
(天が重大な任務をある人に与えようとする時には、必ずまずその人の精神を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、その肉体を飢え苦しませ、その行動を失敗ばかりさせ、そのしようとする意図と食い違うようにさせるものだ。これは天がその人の心を発憤させ、性格を辛抱強くさせ、こうしていままでにできなかったこともできるようにするためである)

要するに、天はあなたに期待しているんだ。期待に応えられる人間になるために試練を与えているんだ、と。またこの文章に続いて「憂患に生じて安楽に死するを知るなり」(人間は憂患の中にあってこそはじめて生き抜くことができる。安逸にふければ必ず死を招く)と書かれてあります。

私は何かの試練にぶつかった時、この言葉を唱えながら「よし、これから三年頑張ろう」と自分を鼓舞してきました。そして、それを抜けた時に、自分が成長した手応えを感じるんですね。

ファッション業界なんてピンチの連続ですから。それをどう捉えるかをこの「告子章」は教えてくれている。厳しい時には若手幹部連中と一緒に、毎朝この「告子章」を唱和したものです。そのことによって皆の意識は大きく変わりました。

倒産の危機にある経営者にアドバイスすること

私のもとには、倒産の危機にある経営者の方がよく相談に見えます。先日もそういう方がお見えになったので、私は申し上げました。「あなたはいまにも自殺しそうな顔をしているが、違うんだよ。これはピンチではなくてチャンスなんだ。あなたのいままでの甘さを直して本当の経営者になるためのチャンスなんだよ」と。そして、具体的なやり方をアドバイスしました。

プールいっぱいの借金があったとしても、まずは「本気で返済しますから」と銀行に頭を下げた上で、現場に飛び込んで原因を探ってスプーン一杯ずつでも借金を掻き出してみる。その継続が必ずいい結果を生むんです。

三年、五年、十年と続けていたら、途中で日照りがあってプールの水が蒸発してしまうかもしれない。あるいはプールの栓が抜けるかもしれない。そうやってついにプールの水が空っぽになる日が来るんです。これは私自身が実際に経験してきたことだから結構説得力があるのですが、果たしてその方ができるかどうか……。どっちにしても死ぬ気にならないことには無理でしょうが。

(本記事は、弊社刊『致知』2016年7月号の記事の一部を抜粋したものです。全文は本誌をご覧ください)

◇青木擴憲(あおき・ひろのり)
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昭和13年長野県生まれ。高校卒業後、行商を始める。33年個人商店「洋服の青木」を創業。51年現・AOKIホールディングス設立。54年全国チェーン展開をスタート。平成3年東証一部上場を果たす。18年AOKIホールディングスに社名を変更。22年会長に就任。著書に『何があっても、だから良かった』(PHP研究所)。

 

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