読書の達人・三輪裕範が無人島に持っていきたい本――『修身教授録』

伊藤忠経済研究所所長などを歴任し、ビジネスの最前線で活躍しながら数々の書籍を出版。「読書の達人」としても知られる三輪裕範さんが「座右の書」とするのが、森信三著『修身教授録』。「もし無人島に連れて行かれるとしたら、迷わず持っていきたい」とまで語る本書の、どのあたりに魅力を感じているのだろうか。

読書、思索、実践の3つのサイクル

私はもし無人島に連れて行かれるとして、2冊だけ本を持っていってよいと言われたら、うち1冊は迷わず『修身教授録』を持っていきたいと思っているぐらいに特別な1冊なんです。

現実にはなかなか難しくとも、自分はこういう生き方をしていきたい、その大きな目標に向かってできる限り努力をしていきたい、そういう気持ちにさせてくれるのがこの本だと感じています。

 実際の授業をそのまま収録したような本は最近もたくさん出ていますが、『修身教授録』がそれらと違うのは、何か凄く臨場感や熱気を覚えるところですね。

 これを読んでいると、いま目の前に森先生がいて、本当に自分自身に向かって語りかけてくるような迫力がある。実際には筆記の一番遅い生徒さんの手に合わせて先生が口述されたそうですが、よくぞここまでうまく、この授業の醍醐味というか、持ち味といったものをきちっと掴んで表現できたものだなと驚きますね。

 私自身がこの本から感じ取った森信三という人は、何ものにも惑わされることのない、不動の心を持たれた方ではなかったかと。

ただ当然、最初からそういう人でいらしたわけではない。

ではなぜそうなっていかれたかと考えると、一つには徹底的に読書をされたということ。次にそれを元に思索をされたということ。さらにそれらのものを、現実へと深くコミットメント(関与)していかれたということ。

この読書、思索、実践の3つのサイクルを生涯にわたって常に回し続けられたからではないかと思うんです。

もう一つは、森先生の「平静な心の熱さ」と言うんでしょうか。言葉としては矛盾しているようですが、私が言う森先生の心の熱さとは、青春ドラマに出てくる熱血教師のような表面上の熱さではありません。生徒たち一人ひとりが、どうかこれから素晴らしい人生を歩んでいってほしいという溢れんばかりの願いが、ここには込められているように思うんです。

人格的な意味での教養人になれ

(『修身教授録』の中で印象に残る言葉は)まず「人間と生まれて」の項にある

 「そもそもわれわれのうち、果たして何人が自分は人間として生まれるのが当然だと言い得るような、特別な権利や資格を持っているものがあるでしょうか」

 ですね。

私たちはややもすると、いろいろなことを当たり前のように感じて、思い上がってしまうところがある。ところがこの言葉に触れた時、私はガーンともの凄い衝撃を受け、自分の頭をハンマーで叩かれたような気持ちになりました。人間の存在の原点のようなものを、もう一度思い起こさせられたように感じましたね。

次に「志学」の項にある、

「すなわち人生の意義とは、たとえて申せば、ここに一本のローソクがあるとして、そのローソクを燃やし尽くすことだとも言えましょう。つまり半分燃やしただけで、残りの燃えさしをそのままにしておいたんでは、ローソクを作った意味に叶わない」

という言葉。

私たちに与えられた命を完全燃焼させて生き切ることに人生の意義があるということが、ローソクという例えによって、実感として非常によく分かります。

もう一つは「人生の深さ」の項にある

「人生を深く生きるということは、自分の苦しみ、すなわち色々な不平や不満煩悶などを、ぐっと噛みしめて行くことによって、始めのうちは、こんな不幸な目に出合うのは自分だけだと思い、そこでそのことに関連のある人々に対して、怒りや怨みごころを抱いていたが、しだいにそうした苦悩を噛み締めていくことによって、かような悩みや苦しみを持っているのは、決して自分一人ではないということが分かり出して来るのです」

という言葉です。

苦しみや悩みは自分一人ではなく、他の皆も同じように抱えていることを自覚すること。そして、自己中心性を減らして、それを少しでも他者への共感に向けるということですね。

これに関連して思い出したのが、フランス文学者・渡辺一夫氏の『人間模索』にある

「他人を、自分のことだけしか考えられないような窮地に陥れないようにすること、他人を、その自我の奥底で尻をまくるようなどたん場へ追いこまぬようにすること、これが『教養』というものと思います」

という言葉です。

渡辺氏がここで言われる教養と、森先生の言われていることとは相当重なり合う部分があると思うんです。単に知識を増やすという意味ではなく、人格的な意味での教養人になれと、お二人ともおっしゃっているのではないでしょうか。

※(本記事は月刊『致知』2011年10月号に掲載された記事の一部を抜粋したものです)

 【登場者紹介】

三輪裕範(みわ・やすのり)

――昭和32年兵庫県生まれ。56年神戸大学法学部を卒業後、伊藤忠商事入社。鉄鋼貿易本部、海外市場部を経て、ハーバード・ビジネス・スクールに留学しMBAを取得。その後、大蔵省財政金融研究所主任研究官、経団連21世紀政策研究所主任研究員、伊藤忠商事会長秘書、調査情報部長、伊藤忠経済研究所所長、伊藤忠インターナショナルSVP兼ワシントン事務所長などを歴任。

【森信三・略歴】

明治29年愛知県知多郡生まれ。両親不縁にして3歳の時、森家に養子として入籍。半田小学校高等科を経て名古屋第一師範に入学。小学校教師を経て広島高等師範に入学。在学中、生涯の師・西晋一郎先生に邂逅。のち京都大学哲学科に進み、西田幾多郎先生の講筵に侍る。大学院を経て天王寺師範の専任教諭。44歳の時満州の建国大学教授に赴任。50歳にして敗戦。九死に一生を得て帰国、58歳で神戸大学教育学部教授就任。65歳退官。70歳にして海星女子学院大学教授に迎えられる。77歳の時、長男の急逝を機に独居自炊の生活に入る。86歳の時、脳血栓で倒れ、平成4年逝去。

 

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