ゼロ戦エースパイロット坂井三郎さんの言葉

古の名刀を超える技を目指し、人生のすべてを
刀づくりに注ぎ込んできた松田次泰然さん。
その仕事観、人生観に迫りました。

松田 次泰(刀匠)×數土 文夫(JFEホールディングス特別顧問)
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※『致知』2018年1月号
※特集「仕事と人生」P62

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【松田】
僕が何歳まで刀をつくり続けられるかは分かりませんが、
やはり人生も仕事も、大事なことは諦めないということ、それしかないですね。

自分で「これだ」というものを掴むまでは、とにかくもう、やるしかありません。

失敗しても、諦めないでやる。失敗にどれだけ耐えられるかです。

僕は40代の頃、何度も何度も失敗を繰り返しながらも、
夢中で鍛冶場にこもって仕事をしていました。

仕事を終えて鍛冶場を離れるともうフラフラで、
すぐに眠り込んでしまうような生活を続けていたんです。



そういう厳しい仕事と対峙する中で、一つ自分を支える大きな力になったのが、
零戦のエースパイロットだった坂井三郎さんとの出会いでした。

坂井さんが80歳の時に、戦時中はいい刀を持てなかったので、
改めて日本刀をつくりたいとご注文をいただいたんです。

その時に伺ったお話の中で、特に印象に残ったのが
「二番だったら死んでいる」という言葉でした。

「空中戦の時に少しでも自分の体調が悪かったら死んでいました。
 体調管理できない人から戦死しています。
 自分を律せなかったら、私はいまここにいません
」と。

これには身の引き締まる思いがしました。

もし自分のつくった刀が二番の性能だったら、
それを使った人は戦場で命を落としてしまうかもしれない。

刀がそういう緊張感を伴ったものであることは、
それまで頭では分かっていましたが、坂井さんのお話を伺って、
実感として胸に迫ってきたのです。

【數土】
非常に示唆に富んだお話ですね。

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