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横田南嶺氏(臨済宗円覚寺派管長)

渡部昇一先生を悼む

横田南嶺氏(臨済宗円覚寺派管長

先生は、「知の巨人」と呼ばれ、「信念の人」とも称されます。そこで、私も長い間、近寄りがたい先生だという印象を懐いていました。

しかしながら、有り難いことに近年致知出版社のご縁で、親しく謦咳に接する機会に恵まれ、その印象は一掃されました。実に温かい、人間味のあふれる先生でした。

隔月ごとの勉強会に同席させていただいて、たくさんの思い出を頂戴しました。中でも先生のご自宅の書庫を拝見させていただいた感動は忘れ得ません。十五万冊と言われる蔵書はまるで図書館のようでした。

先生は、一時期偏向的な思想を持った人たちから、糾弾されていました。すべての授業を妨害されたこと、仲間の中には自ら命を絶ったり、言論の世界から消えた者も多かったなど、当時のご苦労についてもうかがいました。私は、即座に「先生はどうして平気だったのですか」と聞きました。先生は、「学んで学んで学び尽くして確信したのだから、揺らぎようがない」と答えられました。膨大な蔵書を拝見して納得しました。

また、身の危険を感じることも多々あったと言われました。それでも家に帰る時には、気持ちを切り替えて、家庭には問題を持ち込まなかったというのです。その時も、「どのように気持ちを切り替えられたのですか」と聞くと「(がん)寒潭(かんたん)(わた)る。雁去って潭に影を留めず」という一句を口ずさまれました。『菜根譚』の句でした。

自らはクリスチャンでありながら、禅僧である私にも気さくに接して下さいました。元寇を乗り越えられたのは、臨済禅のおかげであるとのご見識もお持ちでした。「北条時宗の官位は何だったか」とのご下問に、私は「正五位下でした」と即答し、更に「それを従一位に上げて下さったのが明治天皇です」と申し上げると、先生は満足そうに頷かれました。懐かしい思い出です。

「若い者は勉強が足りない。もっと本を読まなければならない」という叱咤のお声が今も耳に残っています。

ご冥福をお祈りします。


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