【緊急応援企画!】岡田武史監督の勝負哲学①
(2010年06月17日)
明日はいよいよW杯で日本代表VSオランダ。
悲願のベスト4進出を懸けたこの一戦が、さらにおもしろく観戦できるよう、
以前、岡田武史監督が『致知』にご登場いただいた時にご披露いただいた「勝負哲学」を
ご紹介いたします。
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<その前に……致知と岡田監督> ある日、ビビビっとFAXで送られてきた 申し込み書にあった名前は「岡田武史」――。 “おお! 岡ちゃんじゃないか” 日本を始めてW杯に導いた監督として すでに名の知られた岡田監督が、 人間力を高めようと申し込んでこられたのが9年前です。 以来、『致知』を長年愛読してくださり、 「キャンプにも『致知』を持っていきます」 と年賀状を下さったこともありました。 その岡田監督が再び日本代表監督に就任。 期待をこめて見守ってきましたが、 その道程は、バッシングの嵐。 しかし、W杯初戦当日まで自らの目指すサッカーを 模索し続けた岡田監督には、 こんな勝負哲学があったのでした。 |
◇◆岡田武史監督の勝負哲学①◆◇ ~ドイツで迎えた転機~
岡田:僕はずっとサッカーをやってきて、30歳くらいでコーチになったんです。
その時、何とか選手を育てようと手をかけて
「さすが岡田」といわれるところまでいきましたが、
それから先にまったく伸びなくなったんです。
結局、自分で考えさせずに
みんなロボットにしてしまったわけです。
本当に行き詰って、
このままでは俺はダメになると思って
会社に掛け合い、ドイツへ一年間留学させてもらいました。
僕にとってはこの1年はものすごく大きかったですね。
まったくの飛び込みでポッといったわけで、
チームも探さなきゃいけない。
家もない。
そういう人間を受け入れてくれる所なんかありません。
英語ができる監督に事情を説明して、
何とか見学の許可をもらったけれど、
「おまえはグラウンドの外で地元のファンと一緒に観てろ」と。
仕方なしに地元のおじさんとじっと観ている。
このままでは何をしにドイツに来たか分からないから、
1週間くらいしたら、チームの100mくらい後をついていく。
途中で止まって体操をしたら、同じことをする。
翌日は10m近づく。
そうやって少しずつ近づいていきながら、
川にボールが入ったら拾いに行ったり、なんでもしました。
そうしてようやく打ち解けて、
ミーティングにも参加できるようになったんです。
――そうでしたか。
岡田:このときの経験がすごく大きかったですね。
ここで学んだドイツの監督の強さを、
僕は帰国後に実践して、貫いてきたのです。
特に心掛けたことは、
選手との間に一線を引くということです。
それまでの日本代表は、監督は選手と仲良しで、
一線というものがありませんでした。
ドイツではそういうところがきっちりしていて、
そこにドイツの強さみたいなものを僕は感じたんです。
帰国後は日本代表のコーチとなり、
98年のW杯の予選でいきなり監督になったわけですが、
その姿勢は貫いてきました。
--デンマーク戦に続く--
岡田武史監督からいただいた『致知』推薦文
私と『致知』との出会いは、友人がたまたま送ってくれた一冊でした。
それから、チームが勝てなく悩んでいる時や、決断に迷っている時など、
何度『致知』に助けられたことだろう。
とは言っても、『致知』が勝てる方法を教えてくれるわけでもなく、
決断の指標を示してくれるというわけでもありません。
そういう時の私は、視野が狭くなり、根本的な大切なものが見えなくなっていて、
枝葉末節のことを考えすぎていることが多いのです。
頭ではわかっているのですが、当たり前であるが不変の原理原則のようなものが
見えなくなっているのです。
それを『致知』が、目を開かせてくれるのです。
そして、自分の弱さ愚かさに気づかせてくれるのです。
ありがとう。
それから、チームが勝てなく悩んでいる時や、決断に迷っている時など、
何度『致知』に助けられたことだろう。
とは言っても、『致知』が勝てる方法を教えてくれるわけでもなく、
決断の指標を示してくれるというわけでもありません。
そういう時の私は、視野が狭くなり、根本的な大切なものが見えなくなっていて、
枝葉末節のことを考えすぎていることが多いのです。
頭ではわかっているのですが、当たり前であるが不変の原理原則のようなものが
見えなくなっているのです。
それを『致知』が、目を開かせてくれるのです。
そして、自分の弱さ愚かさに気づかせてくれるのです。
ありがとう。













