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2008年7月号:特集「不撓不屈」<ご好評につき完売いたしました>

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特集 不撓不屈

 一道一業を拓き、興した人に例外なく備わっているものがある。どんな困難に遭っても怯まず、挫けない──不撓不屈の心である。

 中国仏教界に戒律が完備していないのを嘆き、律蔵(戒律を記した書)を求めて法顕が4人の僧と共に長安から天竺(インド)に向かって旅立ったのは西暦399年。この時、法顕64歳であった。
 仏法に厳格に従い、夏坐(雨期3か月の坐禅修行)を怠らず、また金は持たず、行く先々で喜捨を求めての旅である。敦煌に入ったのは一年後。この時、同行の僧は11人に増えていた。
 その先に最初の難関が待ち構えていた。ゴビ、タクラマカンの大砂漠(沙河)である。法顕は記す。
「沙河中、多く悪鬼熱風あり。遇えば則皆死す。一も全き者はなし。上に飛鳥なく、下に走獣なし。遍望極目、度る処を求めんと欲して、則擬する所を知るなし。ただ死人の枯骨を以て、標識となすのみ」
(大砂漠にはしばしば悪鬼熱風が現れ、これに合うと皆死んで、一人も無事な者はいない。動物の影はなく、見渡す限りの大砂漠で、行路を求めようとしても拠り所がない。ただ死人の骸骨を標識にするだけである)
 簡潔な描写が道程のすさまじさを浮き彫りにしている。
 この難路を65歳の法顕は17日で渡り切った。パミールを越えてインドに入ったのは6年後。さらに6年かけて王舎城などの仏跡を巡り、海路で青州(山東省)に上陸したのは420年。
 通算13年4か月の求道の旅。志を共にした11人の仲間は、途中帰国したり現地に残留したり、あるいは死亡、初志を貫いて帰国できたのは、この時八十路の入り口に立っていた法顕一人であった。

続きは本誌で…。

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