2008年4月号:特集「人生の四季を生きる」<ご好評につき完売いたしました>
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特集 人生の四季を生きる
地球が一公転するごとに季節の四季は巡る。何度でも巡ってくる。だが、青春、朱夏、白秋、玄冬──人生の四季は一回限りである。
人は皆いずれかの季節を、いま生きている。
中には若くして逝き、白秋、玄冬を見ずに終わる人生もある。だが吉田松陰は、人は十歳で死んでも、その人なりの人生の四季を生きて死ぬのだ、といっている。二十九歳の若さで生涯を終えた松陰自身が、人生の四季を堪能して旅立った人なのだろう。
年齢的にいえば、青春とは三十歳くらいまでのことになるだろうか。朱夏は三十歳から五十歳。白秋は五十歳から七十歳あたりか。玄冬はそれ以降となろう。
人は生まれ、若々しく成長し、そして老い、死ぬ。厳然たる事実である。この事実を事実として受け止め、そのすべての季節をどう生きるか、各人の心の工夫が問われるところである。
松下幸之助氏が松下政経塾を開塾したのは、八十六歳の時である。初めての入塾式のあとで、住友銀行の頭取を務めた八十一歳の堀田庄三氏と、「五年間の修養でどんな人物が育つだろうか」と楽しそうに語り合っていた。同席した新井正明氏は、自分の年齢を忘れて五年後に希望を燃やすお二人の姿に感嘆した、といわれていた。
その松下氏が愛唱してやまなかったのが、サュミエル・ウルマンの「青春」である。人生の四季をいかに生きるか。この詩が語りかけてくるものは多い。味読心読身読したい詩である。全文を紹介する。
続きは本誌で…。










