2007年11月号:特集「天真を発揮する」
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伝説のインストラクター──その研修を受けた受講生たちはこう呼ぶ。研修の奥深さ、身振り手振りの美しさがいまでも多くの人の脳裏に焼き付いている。その人は中田完二さん。
昭和三十五年、大阪生まれ。大阪大学経済学部を卒業し、ダイエーに入社。教育部門で研修を担当したことが、中田さんの人生の方向を決めた。人材教育の意義と魅力にひかれ大手研修会社に転職、研修の講師、インストラクターを目指したのだ。二十七歳だった。
猛烈な努力を重ねた。その先には順風満帆の日々が待っていた。入社四年目に最優秀社員賞、六年目には数名のインストラクターを束ねる管理者になった。理想の女性と結婚した。子どもも生まれた。
異変が起こったのは平成八年である。急性骨髄性白血病を発病したのだ。四か月の闘病生活。抗がん剤治療の効果が現れ、翌年二月に退院できた。家族と一緒にいられる幸せが身に沁みた。
だが、平穏は続かなかった。平成十年元旦、中田さんの様子がおかしいといぶかる実兄に強引に病院に連れて行かれ、新たな病気が見つかった。脳腫瘍である。直ちに入院となり、開頭手術が行われた。幸い手術は成功。だが、その喜びも束の間だった。白血病が再発したのである。この時も治療の効果が出て七月には退院した。
しかし、運命はさらに過酷な試練を与え続けた。
退院後一か月、早朝ふと目を覚ますと、右目が見えなくなっていた。放射線治療がなされたが効果はなく、ついには左目も光を失った。中田さんは全盲の身となったのである。
しかし、そういう状況の中でも中田さんの人柄を慕い、その研修を依頼する人は多く、中田さんは自らが「神様のような人たち」と評する人たちに支えられ、インストラクターの仕事を続けていた。
全盲になって初めての研修終了後、その会社の専務から、「これまでいろいろな研修を受け、また実施してきたが、こんな研修はない。いままでで一番よかった」といわれたのが、中田さんに自信を与え、その後の活動の根源になった。
続きは本誌で…。









