筆のしずく(2) 酷暑のみぎり、よしずは今・・・
真夏の太陽がジリジリと照りつけるこんな日は、
昔ながらのよしずが大いに活躍してくれる。
角部屋の一方が、西に面している我が家では、
14階のベランダで今、4張のよしずが
けん命に暑さを凌いでくれている。
だが夏のみとはいえ、よしずも3年程使っていると、
横糸の麻ひもが太陽に晒されて、ボロボロにすり切れ、
ほとんどがたて軸の葦だけになっていることに気がついた。
買い替えなくては……。
すぐに注文のための受話器をとったが、
いや処分するほうの手配が先だと思い、
市の粗大ゴミセンターに電話をした。
受付はしてくれたが、残念ながら今月分の〆切は2日前に終了し、
次回の回収は、約1ヶ月後だと言う。
マンションの狭いベランダに、合計8張のよしずが一ヶ月も占領する様を
想像しただけで暑苦しくなった。
ベランダは、できるだけすっきりしておきたい。
どうするべきか。
少し溜った古雑誌や不要のダンボール箱を整理しながら考えた。
潰した箱も古本も角を揃えて、きちんと縛らなくては・・と、
荷作り用のビニールひもを結ぶ手に力が入った時、その手がピタリと止まった。
そうだ。このビニールひも、薄いけど、巾が数センチあってかなりしっかりしている。
それにとてもしなやかで扱いやすそうだ……。
時々突飛なことを考えるいつもの癖が頭をもたげてきたようである。
麻ひものかわりに、このビニールひもでよしずを編み直してはどうか。
1ヶ月間処分できずに放置される筈の、いやいずれゴミとして処分されてしまう
可哀そうなよしずをこの手で甦えらせてみては……。
子供の頃より、思いついたらすぐに動きたくなる私の性格は、
今も治っていないらしい。
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幸いなことに母は今、ベッドの中でうとうとしているようだ。
さっそく作業開始。
麻ひもはすり切れても葦自体は傷むことなく、きれいなままで原形をとどめている。
崩れかかったよしずのど真中にビニールひもを通し、
ちょうど竪琴を弾くような恰好で、
手前にどんどん編んでいく。ひもがなくなると繋いで、
残り半分もまた逆方向に同じ動作を繰り返す。
9尺×8尺の大きなよしずの中央に、半透明のしっかりした一本の横糸が通った。
“よし。これならいける!!”
洒落ではないが、思惑どおりに事が運んだことが、妙に嬉しかった。
あとは、その横糸の上段に4本と下段に4本編み込めばできあがる。
ただ、きょうのように曇った日はいいが、いつもの炎天下ではこの作業は、少々厳しい。
それに、母の介護の合間となれば、まとまった時間をとるのも困難である。
どの道、介護は24時間体制。
思いきって、深夜の作業にふり向けることにした。
ベランダから夜空を見上げながら、時折、都会の星に眼をやった。
“こんな時間に一体、自分は何をしているのだろう”と苦笑しながら、
疲れた私の両手はそれでもせっせと動いた。
途切れ途切れの作業だから、一張完成するのに一日半はかかる。
ようやく4張のうちのひとつが終了し、明日はふたつ目に。
「日本にやってくるよしずのほとんどは、中国で作られているんだよ」と、
以前よしずを買った時、その店のおじさんが教えてくれたことがあった。
中国か。水辺のあるところ……。
何省のどんなところだろう。
明かりの減った夜景を眺め、ふたたび夜空を見上げながら遠く思いを馳せた。
このよしずを編んだ人は、どんな人で、今頃何をし、
どんな暮らしをしているのだろう。
四千年の国への思いが、どんどん膨らんでいく。
やがて、三つ目が終了し、最後のひとつとなった。
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南西の空。今宵は月がひときわ美しい。
蒼白く輝く大粒の真珠が宙に浮いているようだ。もうすぐ十五夜。
よしは“あしの忌み言葉”だと思っていたら、
「葦をより分けて、使えるものはよし。使い物にならないものはあし。
だからよしあし(善し悪し)と言うんですよ」
などと言った人がいたことを思い出した。
確かに、あしが忌み言葉であるならば「人間は考えるあしである」とは言わない筈だ……
などとも思った。
ほんとうのところは知らない。
この静けさ……。
昼間の喧騒が嘘のようである。
しばし雑念を忘れて、もくもくと手を動かした。
東の空が白みはじめた頃、ようやく四つ目が終了した。
ビニールひもの横糸が蛇行したり、斜めに走っているものもあったが、
それはそれで“手作りの良さ”だと自賛することにした。
力を入れて編み込んだせいかよしずは買ったときよりしっかり仕上がったことが嬉しかった。
より暑さを凌ぐために、毎年よしずを“二枚重ね”で使っている。
ベランダのガラス戸の前に、仕上がったばかりの4張のよしずを立て掛けた。
今にもバラバラに崩れそうだったよしずが、きれいに甦ったのを見た時、
ちょっとした達成感を覚えた。
よしずは値段も安いし、買い替えれば楽できたかもしれないが、
“この気分”はたやすく手には入らない。

昼食を終えたあと、
「母さん。ほんの10分だけ私に時間くれる?」
と言って、すぐ近くの100円ショップに駆け込んだ。
「これ下さい」
その店で風鈴を二個買った。
たったの100円でも金魚の絵のついたガラスの風鈴は、
とりわけ美しく涼しげであった。
母に見せたくて、走って帰り、
すぐによしずの手前に吊り下げた。
ベランダ一面に緑色のノウゼンカズラの葉が繁り、
可れんなオレンジ色の花をつけている。
よしずの足元に、観音竹の鉢植をあしらった。
たっぷり打ち水をする。
風鈴がチリンチリンと透きとおった音色を奏でている。
「これ、何?」
音につられて、母が風鈴を不思議そうに眺めている。
風鈴がわからないらしい……。
昔私によく買ってくれたのは母だったのに……。
ガラス細工のように脆く、真綿のようにやわらかい時間が、
ゆるやかに流れていく。
来年の夏も、この母と一緒に、この風鈴を、この手作りのよしずを
眺めることができるだろうか……。
平成22年9月 盛夏
著者プロフィール
山村 洋子 (やまむら ようこ)
1947(昭和22)年、岐阜県に生まれる。
銀行、通信会社、外資系スクール勤務を経て独立。
研修プロジェクト「Tea Time Network」を主宰。
一流企業を中心に年間百数十社の企業研修と講演で東奔西走の日々を過ごす。
産能大学総合研究所の講師をはじめ、名古屋女子文化短期大学(現・名古屋文化短期大学)、名古屋女子商科短期大学(現・名古屋経営短期大学)、江南女子短期大学等の非常勤講師を務める傍ら、中部日本放送 (CBCラジオ)のニュースキャスターやコメンテーターとして活躍。
10年間で700回を超える講演をこなす。
著書: 『赤い自転車に乗って―自分で人生を切り開けば何度でも立ち上がれる』








