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つらいときもあるけれど

ずっと回復を続けていた宮ぷーですが、年末に高い熱を出して、
足がものすごく腫れてしまってから、少しおかしいなと思うことがあったのです。
足のこと、ずっと気がかりでした。膝がしょっちゅう上がったように見えることや、
左足を曲げようとすると、まがっているのは、足だけで、
股関節が動いていないと感じることや、
足を延ばして、足先をゆらゆらすると、頭までゆらゆらしてしまうこと…
いっぱい気がかりなことがありました。

それで、整形の先生からお話しがあるとのことだったのです。
先生からのお話は、左足の筋肉が、骨に変わっていく異所性骨化症か、
あるいは、異所性筋肉骨化症だということでした。
レントゲンでは、骨のそばに、雲のようにふわふわしたものがあって、
それが、筋肉が骨に変わっているところだということでした。
胸が痛くなってドキドキしました。

宮ぷーは痛いだろうし、筋肉が骨になってしまったら、動きにくく、
あるいは動かなくなってしまう。
原因は、動かさなかったからでも、動かしたからでもないのだそうです。
わからないのだそうです。
それで、血の検査をしたら、アルカリ性だったことも、
今、骨化しているところだから、お薬を使いますとおっしゃいました。
私の不安をちゃんと看護師さんもお医者さんも取り上げてくださって、
こうして、調べてくださって、本当にありがたいです。
他に、ぎゅーとはげしくリハビリをして、筋肉から血が出ると、
そこが骨になりやすくなるから、そっとそっとということでした。
そして、毎月、これから、CTをとったり、血液検査をしていくことになるけれど、
骨になるスピードが緩むかどうかとかは、
月単位の動きだからとのことでした。
先生とお話ししているときは、「わかりました、お願いします」と、
涙をがまんすることができたけど、
宮ぷーには、どんなことも全部お話しする約束だから、お話ししていたら、
宮ぷーが顔をぎゅーってしかめて「いやー」と言ったから、
私も同じようにイヤーって叫びたかったです。
だって、次から次へといろんなことが起きるよ。
おなかが痛んで石ができていて、手術をしたり、腫れていたり、
そしてそれが骨になっているためだったなんて。
でも、妹さんが「かっこちゃんが泣き顔したら、
にいちゃんは、その気になりやすいタイプだから、
そんなひどいことなんかと思うから、泣いたらだめやよ。
たいしたことない、だいじょうぶや」じゃあーねと妹さんは帰っていかれました。
妹さんだって、すごくショックだったと思います。
みならわなくちゃね。
私も泣いてたらだめ。
でも、やっぱり、ちょっと泣けました。
だいじょうぶだいじょうぶ。
ひとつひとつ乗り越えていかなくちゃ。
右足でなくてよかった、右手でなくてよかった。
調べてくださってよかった。
よかったことがいっぱいだね。
そんなことをメルマガの日記に書いたらたくさんメールをいただきました。

(伊右衛門さん)
次々といろいろなことが起きて、ようやくそれを乗り越えたと思ったら、また起きる。
その繰り返しの中を人は生きて行かなくてはならないのですね。
宮ぷーさんの思いを思うと泣けてきます。
そして、かっこちゃんの人生もなんと大変なことの連続でしょう。
それでも、強く生きていこうとしているお二人を思うと涙がとまりません。
生きることは苦しみなのかと思えてならない。

(直子ちゃん)
かっこちゃん 宮ぷー 大丈夫でしょうか?
人生は本当に次から次へといろんなことが
起こって、それでも明るく前を向いて生きていかないと
いけないのですね…
何度も何度も起き上がって歩いていけないと
いけないのですね…

(マキさん)
みなさんこんにちわ。マキです。
宮ぷー。
またひとつの試練の時ですね。
辛いね。
宮プーの気持ちを思うと、胸がぎゅっとなりました。
宮ぷー。
私もね、何もかも順調にひとつずつ良くなっていると希望を持った途端にまた何かが起こります。
いつもそうなんです。
今回もみなさんに励ましてもらったり、
心が変わって何にも憂いが無くなったと思っていたら、
私の一番大事な親友が、元々甲状腺に病気があって、
最近飲み込みが悪くなって、もしかしたら癌かもしれないと、「長生きする気がしない」と言うのです。
それはもしそうだったら、これからどれだけ辛く悲しいことが起こるのだろうかと、
また、何もかも良くなったと思ったらこれか。と、思ってしまいました。
宮プーの足の調子の理由がわかったのとおんなじ頃でした。
でも数日たって、やっぱりそれは、何か希望を持ったらそれで終わりじゃないってことで。
また何かチャレンジがあって、辛いこともあって、また乗り越えて、
まるで今回の人生でものすごく欲張って次から次へとたくさんの経験をして、
すんごく成長しようとしているかのようではないか。
親友の人生もそうだから、
だからこそ、すんごく成長する目的のためにいろんなことが起こるんなら、
きっとまだまだ未熟者の私たちは死なないと思いました。
まだまだこれからだと。
そして、もし癌でも、そこに何かきっと意味があるんだ。
悲しみだけで考えてはいけない。
強く祈り、あとは起こることを受け入れようと思いました。
そしてその中できっとできることがあるはずです。
宮プーも、これで絶対安静なんて、納得行かないよね。
また起きることも出来なくなって戻ってしまうなんて、思えてしまうよね。
本当に起こしてはいけないのでしょうか。
そんなに絶対安静にしないとならないものなのでしょうか。
私にはいまいちわからなくて申し訳ないのですが、
起こすことさえできないって、無いんではないか。と思えます。
宮プーも、一杯の試練を乗り越えていく方。
ここに起きたことに意味があるなら、その先に前よりいいことがある筈です。
その中で何ができるのかを、ちゃんと医療者は、やみくもに安静にさせるんでなくて、
考えてあげないといけません。
宮プー。
本当に今までの努力が無になるような辛い思いをされているかもしれません。
でも繰り返しくる大変は、私たちが力一杯生きて、自分の限界ギリギリまで成長したくて、
次のステップに上るために、きっと用意されているのだと私は信じました。
医療者は「起きたい」とだけ言ってもあんまり気持ちをわかってくれないかもしれません。
やれることを教えてと是非言ってみてください。
宮プーのこころを伝えてみてください。
こころが伝われば、何か変わるのではないでしょうか。
宮プーの、
起きたいと繰り返し言われる姿に、
前に向く気持ちを、後ろに戻りたくない気持ちを、チャレンジし続ける魂を感じ、
こころから祈って、応援しています。
そして、もし本当に安静が必要ならば、
先にどんどん進みたいのに待つこともまた試練で、
ほんとうに辛いことだと芯からわかりますが、それにもまたきっと意味があるんだと思います。
私にも、五臓六腑を引き裂かれる思いのまま我慢して待ったことがあります。
それは、我慢してよかったです。
宮プーの今回の大変が、またいいことに繋がりますように。
マキ

私はみなさんが宮ぷーのことを、本当にご自分のことのようにして、
心配してくださっていることを感じて、本当にうれしく幸せだなあと思います。
ある日、講演会のあとに
「これまでかっこちゃんが一番大変と思った試練はいつですか?」
という質問をいただきました。
私が一番大変だったときは、いったいいつでしょう。
そう聞かれても、すぐに思い浮かびませんでした。
考えたらそんなことは、すっごく大変ということはないかもしれません。
大切な大好きな人が亡くなって、もう本当につらくてならないときもありましたが、
でも、過ぎてしまえば、そのことはとても大切なことでした。
そして必ず多くの方に助けていただいて、
もしかしたら、すごく幸せな時期だったとも言えるかもしれません。
宮ぷーが倒れたときも、本当に本当につらかったけど、
そのおかげで、今はこんなにたくさんの温かいみなさんとつながっていることができます。
そんなふうに考えると、
あのときは、回復の始まりの日だったし、
どの日も大切だったし、幸せの始まりの日だったと言えるのかも知れません。
骨化のことも、最初は、つらいように思えても、きっときっとだいじょうぶ。
毎日、頑張って、一生懸命生きていこう。
必ずいつかのいい日につながっているから、そう思えます。
そして、今、本当に、足があまり動かせないから、
おしゃべりの練習をしようと一生懸命していたら、
出したいと思ったときに、すぐに声が出せるようになってきました。
あ、そっかあ、今、おしゃべりの練習の時だったんだなあと思いました。

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著者プロフィール

山元 加津子(やまもと かつこ)
昭和32年石川県生まれ。
富山大学卒業後、特別支援学校(旧・養護学校)の教諭となる。通称「かっこちゃん」。
『本当のことだから』『宇宙は、今日も私を愛してくれる』『たんぽぽの仲間たち』(ともに三五館)など著書多数。 障がいを持っている人の意思伝達についての活動も行っている。http://ohanashi-daisuki.com

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