イチロー選手の目標設定術
オリックス時代のイチロー選手の専属打撃投手を務め、
“イチローの恋人”としてメディアで紹介された奥村幸治氏。
奥村氏が、イチローと寝食をともにする中で学んだ
一流のあり方とは?
読者の皆さまから大きな反響を呼んだ
随想記事をご紹介します。
※月刊『致知』2010年6月号 「致知随想」掲載記事より

オリックスで打撃投手を務めていた頃、
不調に陥った選手に
「投げましょうか?」
と声を掛けると、ほとんどの場合、
「頼む」
と答えが返ってきた。
練習することによって、少しでも不安を取り除きたい
と思うのが人情というものだろう。
そんな中、私の申し出に一人だけ
首を振った選手がいた。
当時20歳だったイチロー選手である。
試合後にその理由を尋ねてみたところ、彼は
「僕はこんな心境で試合に臨みたいんです」
と言う。
「どんなに好きな野球でも、毎日続けていると、
もう疲れた、きょうは嫌だなと思う時ってないですか?
そうなっては、自分の能力って
絶対に発揮できないですよ。
バットが持ちたくて持ちたくてしょうがない。
そういう心境で、僕は試合に臨みたいんです」
そして彼はこう後を続けた。
「初めてお父さんとキャッチボールした時、
どんな気持ちになりましたか?
またやりたいなと思ったでしょ。
その気持ちなんですよ。
そういう気持ちが自分でしっかりつくれれば、
絶対に技術って向上していくと思いますよ」
イチロー選手のプロ入り3年目の年、
彼の専属打撃投手となった私は、
寮生活で1年間寝食をともにし、
多くのことを教わった。
彼と初めて出会ったのは、
私が20歳、彼が19歳の時だった。
初めてそのバッティングを見た時、
年下にこんなに凄い選手がいるのかと舌を巻いたが、
最も驚いたのは、彼が一軍に上がってきてからのことだった。
■ プロフィール
奥村幸治(おくむらこうじ)イチロー選手が210安打を達成したときに、イチローの専属打撃投手を務めていたことから“イチローの恋人”としてマスコミに紹介され、それ以来、コメントを依頼されてのTV出演多数。
中学硬式野球チーム(宝塚ボーイズ)を結成し、監督を務める。
一方、講師として各地方で講演活動をする。宝塚ボーイズの教え子に楽天イーグルス田中将大がいる。
2008年NPO法人ベースボールスピリッツを設立。
野球を通じて子ども達の健全な心身の成長を図るとともに幅広い世代交流、地域交流に努める。カル・リプケン小学生世界大会の日本代表、星野ジャパンの監督としてその任を勤める。
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