『人生を励ます 太宰治の言葉』著者インタビュー:童門冬二氏
『人生を励ます 太宰治の言葉』
童門冬二・著 1,575円(税込)
60余年前、太宰治の作品『斜陽』に出逢い衝撃を受けて以来、太宰の言葉に励まされ続けてきたという作家・童門冬二氏。
童門氏が満を持して書き下ろした『人生を励ます 太宰治の言葉』に込められた思いを語っていただきました。
私を再生させてくれた太宰
実は、僕の生き方の原点が太宰にあるんです。
17歳で、戦争から、特攻隊から戻ってきた時に、あまりにも変わってしまった日本の社会に戸惑いを感じました。「特攻精神で行け」とか「体当たりで行け」といっていた大人たちが変わってしまって、「はじめから戦争に反対していた」「民主主義だ」といっているわけ。ナイーブな少年の心は傷つき(笑)、社会や人を信じられなくなった。
俺適応できるかなぁ、生きていけるのかなぁっていう不安を感じ、闇市から闇市を渡り歩く生活を送るようになってしまいました。
そんな昭和22年の春に巡り逢ったのが、太宰の作品『斜陽』。何ていうんだろう、闇のね、雲が重くたれこめていたところに、太陽の光が差し込み、その光につかまって生きていけばいいんだっていう希望を感じた。混乱しているこの新しい国の中で、まだ生きていてもいいんだと思えた。
特攻隊は死ぬことが前提だったから、再生・リニューアルする手がかりを太宰が与えてくれたんです。
人を喜ばせるのが好きな太宰
一般的には暗いイメージがありますが、本当の太宰は人を喜ばせたいという思いが強かった。
「かれは、人を喜ばせるのが、何よりも好きであった!」
という『正義と微笑』の作品にある一文。これは太宰の気持ちを表しています。
僕が公務員になったのも、太宰の影響なんですね。福祉とか公共事業とか、昔は民間企業にまだそんな力がなく役所でしかできなかった。人を喜ばせる仕事がしたい、誰かさんの役に立ちたいという思いで公務員になったんです。
その後作家になり、戦国武将を書くようになってからも太宰の影響があります。戦国時代は秩序がない時代ですね。モラルもない、ルールもない。だから一人ひとりが自分でルールをつくらなければならなかった。
だけど、つくるそのルールは反社会的とか、人を傷つけるとかでは困るわけで、信長にしろ秀吉、家康にしろ、名を残している人はその辺りを心得ていて、やっぱり誰かさんの幸福を願っていたわけですよね。それがなければ名を残してない。
つまり、自分だけの儲けとか、プライベートな幸福追求、欲望追求っていう人は滅びていく。世の中のためとか誰かさんのために、献身あるいは奉仕、サービスという、ヒューマニズムのない人はやっぱり名を残してない。誰かに滅ぼされていますね。
自信を与えてくれる太宰
「極めてあたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行こう。この道は、どこへつづいているのか。
それは、伸びて行く植物の蔓(つる)に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。
『私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当たるようです』」(パンドラの匣)
という太宰の言葉にも、よく励まされています。お天道様のほうに歩いていくんじゃなく、自分が歩いて行く方向には必ず陽光が差すというんです。
確かに太宰には破滅的なところがあるけど、そればかりじゃないんです。暗い部分は半分。
生きている人に接する場合にもいえますが、どんな人であろうといいところを見てください!っていいたい。相手の悪いところは目つぶっちゃおう。てめぇだってあるんだから、悪いところいっぱい(笑)。それを人から指摘されたり暴かれたりしたら嫌でしょ。
不安な社会だけれど、この本を通して読者の皆さんには自信をもっていただきたい。自分の進む方向に必ずお天道様の陽が当たるんだ、間違っていない、お天道様が味方だー!という自信。
太宰のいいところを見てもらえれば嬉しいと思います。









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