臨床心理士・皆藤章氏が体験した「言葉の力」


何気なく発した言葉が
時に相手の人生を
大きく変えることがあります。

臨床心理士として
多くの人たちの悩みに耳を傾けてきた
皆藤章さんが体験された
感動的なお話を紹介します。

   ──『致知』2016年10月号特集より

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10年ほど前のことですが、
ある医者から
「カウンセリングをしてほしい」
と患者さんを紹介されまして、
その女性はがんを患っていて
治る見込みがありませんでした。


だから自分は何でこんな苦しい思いを
しなければいけないのか、
という思いが強い。


それにまだ二十代だったので、
周りの人を見ると
皆が健康そうに見えるのが余計に辛くて、
誰とも交わることなく
自分の殻に閉じこもっていたんですよ。


彼女とは一回だけの出会いで、
50分間のカウンセリングでしたが、
そういう状態だったので
ほとんど何もお話しされません。

ただ、こちらが尋ねたことには、
時々答えてくれたりする程度で
時間がきて、病院に戻っていかれた。
 
そうしたら翌日、
その医者からメールが来て、


「あの患者さんは先生と会われてから、
 ものすごく変わりました。
 とても前向きに私たちに話をしてくれて、
 頼ってくれるようになりました。
 先生は一体どんな魔法を
 使われたのでしょうか」


と書かれてありました。
 
僕はただ話を聞いていただけで、
理由がよく分からない。

でも何かが起こったことは確かですから、
僕もその理由を
すごく知りたかったのですが、
遠隔地におられた方だったので
そう簡単には会えなかったんです。

ところがそれから一年経って、
ようやく彼女と
会える機会がありましてね。

その一年間、彼女は残り少ない命を
懸命に生きていたんですよ。
 
それで僕は
彼女にどうしても
聞きたかったことを
聞いてみました。

「あの時、何が起こったのですか」と。

たった一回のカウンセリングで、
人が正反対に変わるなんてことは、
僕の経験上まずないことでしたから。
 
すると彼女はこう答えました。

「それは先生の言葉です」と。

ところが僕はもう何を言ったか
忘れているわけですよ。
それで「何を言ったのかな」と聞いたら、


「先生はあの時、
 そうか、あんたは
 そんなに辛い病を抱えて、
 いままで一人で生きてきたんやな、
 と言われました」


と答えてくれました。
 
彼女はこうも言いました。


「これまで家族や他の誰にも
 分かってもらえなかったことを、
 初めて会った他人の先生が、
 一人苦しみを抱えて
 生きてきた私のことを
 分かってくださった。
 そういう人が世の中にいるんだったら、
 もっと人を頼ってもいいのではないか
 と思うようになりました」と。


僕は彼女にかけた言葉を
全く覚えていませんでした。
きっと何気なくかけた言葉だった
と思うんです。

ただこの時勉強になったのは、
僕はその人の心を変えようと思って
言葉を発したわけではない
ということでした。

患者さんの姿をみて、
ごく自然にそういう言葉が
口をついて出てきたんですよ。
ところが僕の何気ない言葉が
彼女の心に届いた。

それによって彼女は
自動詞の人生を歩み始めたのです。

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