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薬師寺管主の修行時代

奈良・薬師寺といえば誰もが知る
日本を代表する古刹です。

管主の村上太胤さんは
9歳で薬師寺に入り、
60年間修行一筋に
歩んでこられました。

60年前の修行生活とは
どのようなものだったのでしょうか。

───────「今日の注目の人」───

村上 太胤(法相宗大本山薬師寺管主)
    ×
小川 三夫(鵤工舎舎主)

※『致知』2017年10月号【創刊記念号】
※特集「自反尽己」P8

───────────────────

【小川】 
村上管主が薬師寺に入られたのは
60年前ということですが、
まだ小学生ですね。

【村上】 
9歳でございました。

【小川】 
ああ、そんなに幼い頃に。

【村上】 
父が岐阜にある別院の
研修道場をやっておりましてね。
やはり橋本凝胤師の弟子だったんです。

私は時々岐阜に来る師匠から

「うちに来んか。
 おいしい饅頭もあるぞ」

と言われておりまして(笑)、
父も

「師匠が元気なうちに
 修行に出したほうがいい」

と考えていたようですね。

歳ですから深く考えることは
ありませんでしたが、
それでも「一晩考えさせてほしい」
と言ったそうですよ(笑)。
 
師匠は60歳の男盛りで、
それはそれは厳しい
ことで有名な方でした。

ご自身も1,300年前の
伝統的な僧侶の
生活形態をそのまま守り、
肉や魚は食べない、
酒も飲まない、
奥さんも持たない。

弟子を育てること、
薬師寺を復興させることが
一番の願いという厳格な人でした。
 
寺には高田好胤師以下、
兄弟子たちが何人もおりました。

私は小学生ですから、
兄弟子たちに言わせれば
私への教育は比較的
甘かったそうですが、
もともと皆から
鬼みたいに思われている人ですから、
少しくらい甘くても
鬼であることには変わりありません(笑)。

(中略)

何も知らない子供が問答無用に、
いきなりそんなお寺の生活を
強いられるのですから、
それはもう大変でした。

寺の生活に馴染むのが一番の修行です。
朝四時半に起きて……

※村上さんは
 厳しい修行を経たことで
 いまの自分があると話されます。
 村上さんの体験は、ぜひ最新号で。

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