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この時から、母が変わった

僧侶でありながら空手道師範である
三木和信さんには、
いまも忘れられない光景があるそうです。
それは福岡大空襲の悲惨な光景です。

三木さんの体験の一部を紹介します。

───────「今日の注目の人」───

三木 和信(浄土宗圓應寺第35世住職)

※『致知』2017年8月号
※連載「致知随想」P92

───────────────────

いまでも脳裏に焼きついて
離れない光景があります。

昭和20年6月19日、
私が6歳の時に
起きた福岡大空襲です。

B29爆撃機239機が
福岡上空に飛来し、
市民の上に容赦なく
焼夷弾を投下したのです。
 
私は母に手を引かれて着の身着のまま
近くの防空壕に逃げ込み、
命を長らえることができましたが、
熱風と火の粉が舞い上がる中、
多くの人が息絶えていく様子、
黒焦げの死体が累々と横たわる情景は
地獄絵図そのものでした。

空襲の前年に病没した父が
住職を務めていた浄土宗圓應寺は、
大伽藍や快慶作の仏像を有する
名刹として知られていました。

しかし、本堂・庫裡や仏像の
ほとんどが焼失。

唯一焼け残った
六畳一間の弁財天のお籠もり堂で
母と二人、新しい生活を始めました。
 
元来、おっとりした性格の母が
別人のように変わったのは、
この時からでした。

戦時中、信頼できる知人宅に
預けておいた着物や衣類を
食糧調達の対価とし、急場を凌ぎました。

母と二人、
大小のリュックサックを背負い、
焼け野が原を遠方まで
食糧の買い出しによく行ったものです。
 
疲れてへたり込みそうになる私を
母は優しく励ましてくれました。

いま思うとこの「行軍」による鍛錬、
そして嘘偽りなく
懸命に生きようとする母の後ろ姿が、
後に空手道の指導者となる
基礎となったのかもしれません。
 
復員した叔父が修行を経て
寺の住職を継いだのは、
それから間もなくのことでした。

母の苦労を見るに見かねた叔父は
母に結婚を申し出、母は再婚。

ここから寺の再建に向けた
準備が始まりました。しかし……

※お母様の生き方は
 三木さんのその後の人生に
 どのような影響を与えたのでしょうか。
 8月号をお読みください。

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